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 はじめに - うつ病のサインと危険因子 - うつ病の治療について - 認知療法と人生観の修正 (10/04 下段に追加更新)
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 INO.VOL.31 うつ病の論考【井上 透】


 NO.1 はじめに--2006.5.1


 1) 労働者にうつ病が増加している社会的背景

 日本経済はようやく回復の兆しが見え始めましたが、10年以上にわたる長期不況の中、会社組織のリストラなどで、失業・転職する人材の流動化をきたしました。

 このような社会構造の激変に伴い、従来型の経営の革新に失敗して倒産し自殺する人が増えています。


 日本社会に従来からある年功序列主義は見直されて、成果主義が導入されるようになりました。

 競争がなくて誰もが平等の社会になればストレスがなくなり、うつ病も減って良いというのが共産主義者の意見です。しかしそのような牧歌的で退屈な世の中では、社会の停滞・堕落と魂の腐敗が始まり、原始社会への逆戻りとなるでしょう。

 努力して成果を挙げても完全平等配分の共産主義では、社員全体のやる気が失われ、弱体化した会社組織になります。それでは現代の資本主義社会では生き残れないのです。

 さらには官公庁とか、長年にわたり政府の保護政策の恩恵を受けていた農業や銀行などは、成果主義とは程遠い業務を長年続けていたのですが、今では経営のための競争意識を注入され転換を迫られています。


 マクロの視点では日本社会が少子高齢化社会に急激に移行しているので、消費者の年齢別需要の構成比率が変化してきています。

 また、高度な情報産業・IT社会の進歩によりニーズが多様化し、消費者の心をつかむヒット商品の開発も、情報を的確に迅速に把握し、素早い判断を下さないといけません。

 さらには、保護政策から自由起業政策へ転換され規制緩和されたことにより、以前では考えられなかった異業種が新たな戦術でもって参入してきて、様々な業種間で類似商品やサービスの競争が激化してきました。

 このような競争に対しては、市場調査・広告宣伝方式・付加価値のある製品やサービスの提供など、他に類をみない戦略を智恵でもって搾り出し立ち向かわないと勝ち残れないようになりました。


 成果主義の導入は日本企業の体質強化につながったという功利の面もありますが、個人レベルではマイナス面もあります。

 リストラや失業の不安からくる会社への過度な従属意識が拭い去れず、無理なノルマ・サービス残業などで、心身が疲れきったサラリーマンが増えています。

 流動化の波についていくだけでも各社員の不安やストレスを高めます。さらに能力をフルに発揮するように無理を重ね、過労死・過労自殺に陥る社員も増えています。

 成果主義の導入で、同種企業の間でも勝敗が明らかになり、負け組み企業のリストラが多発し、合併・吸収による存続もできなくなった倒産企業経営者の自殺も後を絶ちません。競争社会で敗れてうつ病になる人も多発しているのです。


 ただし、ここで深く考えるべきは、競争社会での優勝劣敗は単一尺度での勝ち負けにすぎないということです。

 世間一般で羨ましがられている高学歴・高収入職場・美人の嫁さんを獲得できればそれだけで幸福かというと、必ずしもそうとは限りません。一流企業に就職できたのに、生涯平社員で恐妻家だということもありえます。

 幸福を測る物差しは何本もあって、別の観点から自分の幸福を発見することも可能なのです。


 うつ病者を取り囲む職場環境改善は、本人だけでは解決できない問題です。

 ここで大切なのは成果主義が個人主義に陥りやすい弊害を察知し、我々日本人の本来の気質だった「和をもって尊し」の精神を見直し、上司や同僚から助け合える企業風土を熟成しようと皆が努めるべきだと思います。


 2) うつ病の誤解と正しい認識

 「うつ病は気分の問題なので、気持ちの持ちようでどうにかなる。」「うつ病は精神力が弱いからなるのだ。」「うつ病はなまけ者で根性がないからだ。」という誤った見解を持つ人も後を絶ちません。

 思考や感情の障害として発症した病気なのです。


 また「うつ病は心の風邪」とよく言われていますが、この言葉が、風邪のようにすぐ治る軽い病気だと誤解されているようにも思えます。

 うつ病にかかった人は悲観的思考に長期間陥り、なかなか抜け出せないというあせりがあります。この「心の風邪」は、きちんとした治療・ケアを受ければいつかは回復するという希望のメッセージなのです。


 その他にもよくあるうつ病に関する誤解に次のようなものがあります。

「うつ病にかかった人は全員が四六時中落ち込んでいる」

→ うつ病者も気分の日内変動があります。朝だけ悪化して夕方になると少し改善することもあります。人と接している時は元気そうでも、それは空元気の時もあり、無理して笑顔を作っていることもあります。自室に独りいる時はひどい抑うつ気分の時もあります。その時の面接で良いからといっていつも大丈夫だとは限りません。


「うつ病の人は仕事も生活も全くできない」

→ うつ病の回復には数ヶ月の時間がかかる人もいますが、回復後は全うな生活が営めています。ただ、病状回復のために心のエネルギー充電のための休養が必要なので、治療のために仕事も休んでいるのです。無理して仕事しようとすればできるケースもありますが、精神エネルギーが枯渇して病状をさらに悪化させます。


「過去と決別し前向きに生きる気持ちになりさえすれば、うつ病は治る」

→ うつ病になった人は、後で説明する認知の歪みからくるマイナス思考の枠組みから抜け出せない苦しみでもがいています。健全なプラス思考への切り換えができない病気なので、地道な薬物療法と精神療法の積み重ねが必要です。


「うつ病は全てストレスが原因だ」

→ たしかにうつ病になるきっかけにストレスが関与している場合も多いのですが、同じストレスでもなる人とならない人がいます。本人の素因・性格・認知・思考の偏りなども複雑に絡み合っています。


「うつ病になった人は人格が破綻してしまう」

→ うつ病者自身の認知している内容が、現実の出来事と乖離してしまい、妄想をきたすようになります。妄想とは事実に根ざしていなくて、周囲の者が間違いを説得してもそれを修正し受容できない想念状態です。

 統合失調症などの精神病患者さんの妄想は、その問題対象が他人や社会に向けられ、被害者意識が強くなります。それと異なり、うつ病患者さんの妄想は、自分自身の問題だと捉え、自分を否定し責めさいなむ傾向にあります。


「うつ病になったとしても、薬を内服すれば治る」

→ うつ病に薬物治療が7割の有効率を示しています。しかし、うつ病の根本的原因を治したとは言えません。本人のうつになりやすい性格・認知の歪みは薬で変えることはできませんし、発病要因のストレスとなった対人関係や業務環境の改善が施されない限り、再発の危険は高いのです。



 NO.2 うつ病のサインと危険因子--2006.6.5


 3) うつ病のサインを見逃すな

 「うつ病」のサインを早期に発見するのが重要です。しかし、うつ病患者さんの心の中を覗き見るのは、周囲の人(家族・友人・職場の上司同僚など)にも困難です。

 うつ病になった人は自己否定とともに自分の殻に閉じこもってしまい、周囲の人へ表立って自分の心を素直に表現しようとしないことも多いのです。うつ病の初期段階では、周りに迷惑をかけまいとして、本当はつらいのに無理してニコニコしていたり、がんばって動き回ろうとする人もいます。

 この「心」と「無理な言動」のアンバランスは、周囲の人にも不自然なサインとして映る場合があります。

 「ぎこちない笑顔」「イライラしている」「落ち着きがない」「泣き出しそうな表情」「憔悴した感じ」「無口」「声が小さい」「動きが緩慢になる」。このような変調に気づいたら、周囲の人がお互いに話題に出して関心を持ち、注視してあげてください。

 さらに以下のサインが認められたら、声かけ相談に乗ってあげることを勧めます。

<職場で見られるうつ病のサイン>

1. 元気な挨拶ができなくなる。

2. 仕事のやる気が感じられない。

3. 服装がだらしなくなく不潔になる

4. 遅刻や早退が増え、年休が多くなる。

5. 深夜残業や休日出勤が多くなる。

6. 思考力・判断力の低下で仕事が遅くなる。

7. 勤務中に眠そうにしている事が多い。

8. 一人で考え込み、独り言が多い。

9. 大人数の会話の輪に入れなくなった。


<家庭で見られるうつ病のサイン>

1. 夜眠れず、朝早く眼が覚めて、睡眠不足を自覚する。

2. 食欲が低下して、好物も欲しがらない。

3. 新聞や読書が億劫になり読めなくなる。

4. 家族との会話も減って自室にこもるようになる。

5. 休日はなにもせず、外出もしたがらない。

6. いつも疲労感を訴え、覇気がない。

7. 帰宅が早くなる。

8. 性欲がなくなる。


 相談に乗る場合、まず次の様子を尋ねてみましょう。

1. 食欲の変調

 一般的に食欲が低下して痩せてきます。無理して食べている場合でも「味がおいしくない」「無理やりおしこんでいる」という人もいます。中には、心の空虚感を埋め合わせるためにガツガツ食べ過ぎる人もいます。

2. 睡眠の変調

 一般的には不眠症になります。夜中に目が覚めたり、早朝に目が覚める場合もあります。日中の勤務時に眠くなる人もいます。

3. 身体的不調

 運動もせずじーとしているのに全身の倦怠感や脱力感が現れる。頭痛や腰痛を覚える。痛みも重苦しい感じで、症状が一定せず日によって移動します。(不定愁訴)抑うつが身体症状に隠れてしまっているので「仮面うつ病」と呼ばれます。

4. 気分の変調

 何をしても楽しくなくて喜びを感じない。憂うつで悲しい。空しい感じで希望が持てない。憂うつのきっかけになった出来事が好転しても元気にならない。

5. 趣味・気晴らしがつらい

 以前から熱中していた趣味(ゴルフ・習い事)をするのも嫌になる。旅行やレジャーなどの活動がかえって辛く感じる。

6. 人と会うのがつらい

 家族や友人と会うのが辛くなる。自室に閉じこもりが多くなります。人に迷惑をかけまいとして、無理して人に会うとぐったりして憂うつ気分が強くなる。

7. 集中力・決断力の低下

 うつ病患者さんは悲観的想念に支配され、物事を何でも悪いほうに受け取り、自分に自信が持てず未来に向けての希望が持てません。マイナス思考が頭の中をグルグル回り抜け出せないのです。そのため本来の思考力が発揮されず集中力が低下し仕事がこなせなくなり、ミスや事故も多くなるのです。
 高齢者がこのような状態に陥ると、ボケてしまい認知症になったと誤解する事もあります。逆にうつ病だと思っていたら実は認知症だということもあります。素人判断は危険です。


 以上のような状況が聞き出せたら早めに心療内科かあるいは精神科に受診するように働きかけましょう。病院受診が適当だとの判断も本人はできない状態の場合もありますので、周囲の働きかけが大切です。


 4) うつ病になりやすい危険因子とその性格について

<うつ病になりやすい8つの危険因子>

1. 喪失体験: 大切な人を失ったり(死別など)や大切なモノ(財産・健康)を失うなど

2. 挫折体験: 受験・病気・仕事の失敗

3. 人間関係のトラブル: 失恋・離婚・職場のいじめ・夫婦喧嘩・嫁姑問題など

4. 役割や環境の変化: 入学・就職・昇進・転勤・失業・退職・結婚・妊娠・出産など

 結婚や栄転は客観的には幸せそうに見えても、当の本人は新しい環境に適応できるかどうか不安なのです。まだ経験していない未知なる事への恐怖があるのです。


 以上の4つはストレスがからんでうつ病になる場合ですが、その他にも次の4つの危険因子があります。


5. 遺伝的素因

 親・兄弟でうつ病になった人がいる場合です。うつ病発病の内因がある場合もありますし、長年いっしょに生活を続けたために思考パターンが似てくる影響もあります。一卵性双生児の一方がうつ病になると、もう一方がうつ病になる可能性は50−70%だと言われています。

 しかし遺伝的素因だけでうつになるのではありません。

6. アルコール・薬物依存者

 あるがままの自分の維持が困難で、飲酒・薬により現実逃避したい願望があります。

7. 幼児虐待・重大な犯罪や事故の目撃・被害体験

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)の後遺症から抜け出せない状況です。


 会社の経営悪化・失業・長時間労働・成果がでないためのマイナス評価など、このようなマイナスの出来事が起きたとしても全ての人がストレスが高じてうつ病になるわけではありません。その人の感じ方や対処の仕方で、経過は様々です。


8. 性格傾向として次の2つのタイプがある

A.悲観的思考傾向のある人

 現実に遭遇する出来事をなるべく悲観的に捉えようとする思考癖があります。過去に失敗や挫折体験があり、似たような状況になると先取りして不幸が襲ってくるというマイナス思考に陥ります。

 客観的にはどちらに転ぶかわからない時でも、悪くなる可能性に気持ちが向かいやすいのです。たぶんダメだという思いが高じて、絶対ダメだとなり、未来の展望も希望も持てなくなります。

B.メランコリー親和型性格(過剰適応型)

 仕事熱心で責任感が強い、人間関係への配慮を怠らず誠実、控えめで真面目、周囲の信頼が厚く多くの仕事を扱い、最後まできちんと仕事をやりとげないと気がすまない。

 業務量が多くても他人に任せたり協力を嫌い、一人で仕事を抱え込んでしまう。仕事を失敗して他人に迷惑をかけてはいけないという強迫観念が強い問題がおきると他人を責めず自分を過度に責めてしまう。

 常に良い人だと思われ続けられたいと他人の評価にとても敏感になる。一生懸命努力しても成果がでない事を認めたくない。

 このような性格は、ある意味では会社人間としてはあるべき理想の姿なのです。

 「○○しなければいけない」という思いが強すぎて、柔軟な思考ができず適応力に欠ける傾向があります。本人の能力不足や職場・社会環境の歪みという変え難い状況に置かれた時、どんなに努力しても満足のいく実績をあげることはできない部分もあるのだと悟ることが大切です。

 自分が努力してした行動が成果に結びつかない時や、自分の能力以上の仕事(家事・育児も含む)を押し付けられて、成果を出せる目処が全く立たない場合、心は萎縮してしまいます。あるいは、自分のした事が組織(家庭)でどのように評価されているかがわからない状況もあります。

 これらの状況に耐え切れなくなった時、「自分は何をしても無駄だ。」とやる気を失い絶望感を味わいます。


 また、最近は生活習慣病の発病とうつ病の関連が注目されています。

1. 心筋梗塞

 発作を起こした治療後も次なる発作の不安からうつ病になりやすい。2割がうつ病になるとの研究報告もある。

2. 脳卒中(脳出血・脳梗塞)

 脳卒中の後遺症として手足の麻痺や言葉がしゃべれない障害が残り悲嘆してうつ病になる。情動がはげしくなりうつ病を発症する人もいる。

3. ガン

 病状進行の恐怖、制御できない痛みなどで5−10%の頻度でうつ病になりやすい。

4. 糖尿病

 糖尿病患者の8−9割は発症前に抑うつ状態にあったという報告もあります。



 NO.3 うつ病の治療について--2006.9.8


 5) うつ病の治療

 うつ病の治療には大きく分けて3つの柱があります。

1. 休養

 すべてのうつ病患者さんに共通の治療が生活面に配慮した休養です。心のエネルギーが欠乏しているので仕事や家事をしても効率は上がりません。無理して働くと「こんなこともできないのか、自分はだめだ」とさらに自分を追い詰めてしまい苦しみが増します。

 「あまりがんばらない」という精神的態度であせらずにゆっくりエネルギーを充電する環境に置いて、しばらく仕事の事は忘れて時間にとらわれず安心して休めるような周囲の声かけも大切です。


2. 薬物療法

 近年の医学研究では、うつ病に神経伝達物質であるモノアミンが関与していることがわかってきました。伝達物質は多数ありますが、その中でも、セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン、メラトニンなどがあります。

 セロトニンは興奮を抑えて心を穏やかにするホルモンで、メラトニンは睡眠に関わるホルモンです。この2つのホルモンは、日中に太陽光にあたると夜になって分泌量が増えてくるのですが、うつ病の人は不足しています。最近の昼夜逆転で日光にほとんどあたらない乱れた生活習慣もうつ病の増加の一因のように感じます。

 血圧を低下させる「レセルピン」という降圧剤の副作用で抑うつ気分が発現した症例や、抗結核剤の「イソニアジド」の副作用で気分が高揚した症例や、統合失調症の治療薬である「イミプラミン」で抑うつ改善効果が認められた事などで薬理研究が進み、モノアミンの関わりがわかってきたのです。

 これらの物質の欠乏説や神経の伝達物質受容体の亢進説などがありますが、いまだに仮説にとどまっています。


 現在のうつ病治療薬はモノアミンに関わる成分で脳の機能的失調を改善するものです。

 感受性には個人差があり、初回投薬でダメな場合は他の薬に変更していきます。うつ病患者さんは悲観的思考に支配されているので、その時は精神療法を施しても周囲のアドバイスの言葉が届かない場合もあります。

 精神療法の効果を高めるためにも、薬物療法の併用が望ましいのです。


 薬の効きには個人差がありますが、必要十分量を一定期間服薬しなければ効果は期待できません。最初は少量の薬を短期間出して副作用症状がでないかどうか確認して、継続できそうなら徐々に投与量を増やします。

 なかには、薬の増量は病状が悪化したからだと誤解する人もいます。また、効果発現には3−4週間を要しますが、それまで我慢できずにこの薬は効かないと止めてしまう人もいます。しかも、急に中断したために、不安・吐き気・不眠などの症状がひどくなり悪循環に陥るケースもあります。

 症状の経過と副作用発現に応じて、薬を増減したり変更したりするので主治医の指示を厳守してほしいものです。

 うつ病の回復は良くなったり悪くなったりなど一進一退の波状の回復を示します。3−4ヶ月で回復しても再発防止のためには半年から1年にわたり抗うつ剤の服薬が望ましいと言われています。


3. 精神療法

 よりよい人生観を再発掘し思考パターンを修正し、うつ病の再発を防ぐのが目的です。

・認知療法

 現実と認知の間のずれを認識され、その修正をうながす。後で詳しく説明します。

・行動療法

 不適切な行動を適当な行動に変えていくことでサポートする方法です。うまくいかない問題を明確にして、様々な解決方法を模索します。種々の解決方法の長所・短所を分析して、本人にとってもっとも実行しやすい方法を選択実行します。

 そこで小さな成功体験を積み重ねて徐々に自信を高めていく方法です。

・対人関係療法

 患者さんの接する目前の人間関係に注目します。癒される人、ストレスを感じる人に分けて、付き合い方や距離のとり方を学びコミュニケーション技術を習得します。


 6) うつ病の人への接し方

 うつ病患者さんが、周囲の人々にどのように対応されたら嬉しかったか辛かったかを調べた調査があります。

 相談相手から「人生訓を教わった」「今やらずして、いつやるのだ」「家族のためにも頑張れ」と励まされたのがとても辛かったというのです。

 うつ病者に「頑張れ」は禁句なのです。頑張りたくても頑張れる精神エネルギーの枯渇が病気なのですから、ガソリンの入っていない車に向かって走れと叫んでいるようなものです。


 最初に大事なのは、相手の辛い気持ちを共感をもって肯定的に聞いてあげることです。

 気分転換にと飲みに行ったり温泉旅行に連れて行ったりなどの特別なイベントは精神的にも負担になるのでやめましょう。

 病状の一時的悪化に伴いあまり心配しすぎるのも患者さんに余分なプレッシャーをかけるので良くありません。

 思考力や判断力が低下しているので、退職や離婚などの重大決定は先延ばしや棚上げにしておきます。治療がうまくいって病状が好転すると早期の復職を望みますが、ブレーキ役に徹した方がためになります。


 基本的にうつ病者は孤独なのです。悩みや問題を一人で抱え込むのが辛いのです。この辛い思いをわかってもらえる人が身近に1人でもいてくれると確認できるだけでも、元気になれるのです。

 相談者がうつ病者を思いやる愛の心が少しずつ注入され、精神エネルギーが徐々に満ちてくるのです。

 この積極的傾聴を重ねる度に、徐々に思考力が回復し問題の解決策を自分で考え出せるようになれば、次の段階のカウンセリングを徐々に導入するべきです。


 その時のカウンセリング手法としては、相談者がその問題解決方法に気づいたとして教示する(テーチング)よりも、うつ病者自身が自立的に問題解決方法を考えて能力を引き出す誘導(コーチング)の方が望まれます。

 具体例で示してみましょう。

部下・・・「今月の売り上げ目標が達成できません。」

テーチング対応A
 「もっと営業のエリアを増やしなさい。もっと取引先を訪問しなさい。」

コーチング対応B
 「どういうところに原因があると思いますか?」
 「取引先のニーズをどの程度つかんでいるのかな?」
 「今月残りはどのような行動が必要かな?」


子供・・・「今回のテストはできなかった。」

テーチング対応A
 「頑張って勉強したのか?もっと努力しなさい。」

コーチング対応B
 「だめだった理由はどこにあるのかな?」
 「どうしたらもっと成績があがるか一緒に考えてみよう」
 「どうしたらもっと勉強が好きになるだろうか?」


 コーチングは相手に教えるのではなくて、自発的に思考してもらい、行動を引き出し、質問して共に歩むのです。

 コーチングには、答えは相手の心の内にあり、問題解決能力は本人が潜在的に有していると信じることから始まります。人はより良い結果を真剣に望んでいる実行力のある存在だという人間観を抱くのが前提になります。


 これは、人間は今世の魂修業を通じて自分を磨いていこうとする菩提心や仏性を有する存在なのだという意味にもつながります。うつ病者が力強く自立してさらにたくましくなって伸びていくためにも、コーチングを中心にした面談が好ましいと思います。

 相談者がアドバイスできる知識や智恵を有していたとしても、安易に早急にそれを語らず、本人の本当の気持ちを引き出し、自分で考えて、自立的に行動できる喜びを味わっていただけるように手助けするのです。

 うつ病患者さんは自殺を考えやすいのです。「あなたが自殺すると私はその悲しみを一生背負っていきていかなくてはいけない。」の趣旨を上手に伝え、必ず自殺しない事を約束してもらいましょう。



 NO.4 認知療法と人生観の修正 --2006.10.4


 7) うつ病に有効な認知療法

 うつ病になりやすい性格を改善するためには、物事の考え方・捉え方を変えていく習慣づくりが有効です。

 うつ病になった時には考え方の歪み(認知障害)があります。同じ物を見ても、同じ体験をしても、その後に現れる感情や行動は人によって様々です。


 通常は(A:出来事)→(B:考え方・捉え方)→(C:感情)→(D:行動)のプロセスをたどります。

 我々は悩みの原因は(A:出来事)そのものだと思い込み、(A:出来事)を改善しなければ悩みは解決しないとあきらめてしまいます。(A:出来事)は今現在おきてしまった事で、これから修復しようとしても解決不能なものです。

 しかし、我々の本当の悩みの原因は(A:出来事)ではなくて(B:考え方・捉え方)なのに気づいていない人があまりにも多いのです。

 この不合理・不都合な歪んだ考え方・マイナスの受け取り方を改めれば、悩みを減らすのは可能なのです。心の調律で平静心を取り戻すことのひとつに、思考パターンを変えて前向きに人生をとらえていく方法があります。

 具体例を示しましょう。各2つのパターンもBが異なるだけでその後の人生は天と地ほどの差が生じます。

1. まず倒産した経営者の2通りのパターンです。

 (A:倒産)→(B:人に迷惑をかけれない。俺の人生は終わった。もう立ち上がれない。)→(C:悲しい・恥ずかしい)→(D:引きこもり・不眠)

 (A:倒産)→(B:失敗は仕方がない。全責任は負えない。失敗してもまた次がある。社長のプライドは捨てよう。)→(C:残念だけど仕方がない。また出直そう。)→(D:休養後前向きに動き出す。)


2. 次に過労状態のサラリーマンの2通りのパターンです。

 (A:営業不振で長時間労働)→(B:皆に信頼されたい。他人に弱みを見せたくない。出世が大事だ。)→(C:無理しても乗り越えたい。つらいけど我慢)→(D:長時間労働の継続、うまくいかないとうつ病・過労死)

 (A:営業不振で長時間労働)→(B:仕事以外にも大切なものはある。健康が大事。出世せず収入が減っても生きていける。)→(C:業務能力にも限界がある。大変だけどリラックスしよう。)→(D:体を壊すまで無理しない。他人に仕事を頼む。休日は確保する。)


3. 次に離婚した時の2通りのパターンです。

 (A:離婚)→(B:結婚は一生に1回で留めるべきだ。友人や親戚から馬鹿にされる。一人で生きるのは大変だ。)→(C:悲しい、つらい、寂しい。)→(D:生きがいの喪失、うつ病)

 (A:離婚)→(B:不幸な結婚は止めたほうが良い。一人でも楽しい人生は送れる。次の出会いもある。)→(C:仕方がない。新しい人生の始まりだ。)→(D:心機一転仕事に精をだす。次の相手を探す。)


 以上でおわかりのように、(B:考え方・捉え方)がマイナス思考で満たされ、あれもこれも駄目だと感じることがうつ病発症の誘因になっていると言えます。

 しかし、自分の置かれた状況をマイナスに捉えて責めさいなんでいるその状態は、客観的に見て正しいのでしょうか? 他人や世の中全体の目で見て、あるいは仏神の目で見て本当に正しいのかという検証が必要です。

 人間は、ともすれば、自分では正当な見方をしていると思いつつも、現在の自分の置かれた立場からしか見ていません。

 自分を突き放して冷静に自己観照すれば、実はないものねだりをしていたり、足りないところばかりを拡大して観ていたりしています。あるいは、すでに与えられていて持っているものに思いが至らず、その感謝を忘れている場合もあります。

 自分の下した判断が必ずしも正しいとは限らない事を冷静に検証するのが重要です。

 うつ病に陥った当事者は思考力・判断力が低下しているので、この別の観点の考え方に気づかない事が多いです。その時に、第3者である他人がプラス思考に転換するアドバイスをしてあげることが救いになります。


 また、現実にそった判断を歪めてストレスを招きやすい思考パターンとして次の6つが挙げられます。


1. 全か無思考(all or nothing)・・・物事を100点満点か0点で捉えてしまう。あるいは○×式思考。

 80点主義、グレイゾーンなどの多様な判定思考に改めたい。


2. 過剰な一般化・・・一度の失敗や挫折を機に、将来にわたり永久に失敗が続くと思い込む。

 自分の対応の仕方や成長・相手や状況の変化などで、成功率は今後は異なっていく。


3. 肯定的側面の否認・・・客観的にはおめでたい出来事も、その裏を勘ぐって不幸の前兆ではないかと捉える。

 現在の幸福は素直に受け取る。状況の変化に伴ってうまくいかなくなったらその時に考えれば良い。


4. すべき思考(must)・・・〜しなければいけない的思考で臨めばうまくいかない時に自己否定につながる。

 目標の設定はあってもその通りにいかない時もある。今回の失敗から教訓を汲み取り次回に生かす。あせらずに時間をかけて粘り強く少しずつ目標に向かっていく自分の成長を見つめる。


5. レッテル貼り・・・否定的な自己像をイメージし、失敗があればすべてその自分の悪特性なのだと責める。

 失敗や挫折は自分の全人格の欠陥からきているとは言えない。未開発の能力もあり、勉強不足だと悟る。


6. 結論の飛躍・・・なにか嫌な事があると、よくわからない中間の事情やその他の可能性を無視して、極端な悪結論に結びつける。

 物事には様々な道理や事情が複雑に絡み合っているのだから、悪い可能性を結び付けすぎて邪推しない。


 8) うつ病克服のための人生観の修正

 うつ病に陥った人が自分の半生を振り返ってみると、不幸・苦難の連続だったような人生観を抱きます。

 しかし、中には、小さな些細な事でも構わないのですが、親兄弟・友人との生活の営みで、楽しかった事や誉められた事や感謝できる幸せな出来事はあったはずなのです。

 昔の自分よりも成長した所に気づいたり自分の長所や美点をもっと思い出しましょう。人間の能力には限界があっても、成長の題材と時間は無限にあるのです。

 たとえ、成長が鈍くても長く頑張り続けると何年か後に花開く才能もあるかもしれないという希望を持ちましょう。

 他人と自分を比較すると成長の角度が違うので劣等感を覚えるかもしれませんが、子供・青年期の自分と比較すれば体力も知識も経験も格段に進歩している今の自分に気づくはずです。

 このように変化して成長していく自分を楽しみ、心の底で自分をもっと誉める思考形態を確立することです。


 また、マイナスの想念が頭の中を渦巻いていてプラス思考に切り替えることさえ困難な状況なら、なにも考えない「無念無想」の瞑想から入っていってください。

 せせらぎの音、風の音、鳥の鳴き声、滝の音、あるいは瞑想音楽に聞き入り、無駄な事を考えるのを止めましょう。

 マイナスの思いが出なくなって平静心が維持できれば、自分の本来あるべき姿・自分の歩むべき道・認知の歪みをどう改めれば良いかが自ずから見えてくるでしょう。


 うつ病患者さんは、周囲の人達が優しく接してくれて支えられている事を考えれば、自然と感謝とそれに報いるためにも何かお役に立ちたいという気持ちが沸いてくるでしょう。

 自分のことばかり考えるのは止めて、身近なところから愛を与えていくためにまず小さな一歩でも良いから踏み出すことです。奉仕活動を通じて世の中のお役に立っているという自己肯定感が回復の原動力になります。

 また、宗教的信仰を深めて、「自分は仏神の子であり仏神に生命を与えられて生かされている存在なのだ。」という信条を抱けば確固たる自己信頼が生まれ、苦難困難を乗り越えていける強靭な精神力が培われていくでしょう。



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