生活人コラム
INO.VOL.11 医療制度改革と予防医療【井上 透】
[執筆者]
井上 透
[紹 介]
ブリヂストン健康管理センター勤務の産業医。大学講師。医学博士。
企業の健康管理センタ−に所属して、社員の肉体的および精神的な方面まで含めた総合的な健康管理の仕事をされています。
NO.1 医療制度改革と予防医療 その1--2002.10.1
本年4月より医療保険制度・診療報酬改定されました。要諦は以上の通りです。
1. 診療報酬平均ー2.7%減少、薬価下落
特に、月4回以上再診療後の点数の減少が多いようです。
2. 手術などの特殊技術料の差別化
手術症例数などの実績で請求点数が変わります。
3. 薬処方日数14日制限の撤廃
投薬日数制限に伴う頻回受診を患者さんに義務づけられなくなります。患者さんにとっては必要最少受診で助かりますが、医療経営上は苦しくなります。
4. 180日以上入院後の医療費は患者本人の自己負担が多くなる
同じ病名だと転院措置をしても前病院からの入院日数の積算となります。長期入院患者さんにとっては辛いことです。在宅看護・介護中心にシフトしていきそうです。
5. 自由診療の緩和
保険診療と自費診療の混合診療は原則禁止されていましたが、緩和の動きがあります。技術料の差別化と伴って同じ病気でかかっても病院によって患者負担額が異なってきます。逆に実績が上がれば代替医療の導入も望まれます。
総じて病院の収益は以前の1−2割減少を余儀なくされています。
さらに厚生労働省は、この3年内に以下の医療制度改革を画策しています。
地域医療計画の見直し、医療福祉計画の見直し、健康日本21、健康増進法制定、介護報酬改定、臨床研修医の義務化(卒後2年間)、電子レセプトの促進・電子カルテの整備---ちなみにBS甘木診療所では電子カルテを導入しています。
国立大学病院などの独立行政法人化---今後は株式会社が病院経営に乗り出してくるでしょう。
医療システムの規制緩和---例えば広告規制も緩和されて企業が参入しやすくなります。
そしてこの7月に2003年4月から健康保健の本人3割負担が確定しました。健康保険者本人の自己負担額が単純計算で従来の1.5倍になりますので、受診抑制が推進されそうです。
近年の高齢化社会を迎えて老後の健康をいかに維持していくか?自分の健康は自分で守ろうという自己管理意識が高まって国の施策も1次予防重点にシフトしてきており、予防医療を充実させやすい環境が整いつつあります。
一つの案として、臨床診療の上に予防医療という付加価値をアレンジして知恵を働かせてうまくやっていけば、安定した経営基盤が作れるようにも感じます。この追い風をいかに医療経営を生かしていけるかを模索したいものです。医療の放漫経営は難しい時代に突入しています。
そこで、予防医療を充実させながら経営改革を進めて発展・繁栄いくための展望を述べてみたいと思います。
従来の検診は、病気の早期発見・早期治療を主体とした2次予防でした。もちろんこれも大切で、ガン検診・生活習慣病チェック (高血圧・糖尿病・高脂血症)を中心にシステムを作っていくべきですが、ほとんどの検査は既存の病院でできる検査で事足ります。
最近は「健康日本21」に示されたように、生活習慣そのものを改める1次予防が重視されており、もしもそこまで広げていけるめどがあるのならば、検診時の生活調査・問診結果を生かした生活指導や事後措置までの充実が望まれます。その意味でも、そのような指導ができるスタッフ(例:保健婦、管理栄養士、運動療法士、心理療法士)の充実が必要となります。
予防医療は臨床医療に比べて即効性のコストべネフィットが少ないので、医療経営の余裕と受診者のニーズを考えて、長期的視野に立って徐々に拡大展開した方が良いかもしれません。心の医療をまず充実するのなら、メンタルヘルスシステムの構築も一案です。
検診システム全体を考えるコーデイネーターの採用も望まれます。地域住民や地場産業企業との連携をうまくやる交渉役スタッフを入れることや、どこかの企業の嘱託の産業医を兼務すれば受診者数の拡大が望めます。その場合は、日本医師会の認定産業医の資格が要ります。
いずれにしろ臨床医療業務に支障がない範囲で徐々に拡大していき、その都度必要スタッフなどのシステムを充実していくべきでしょう。
産業保健活動を主体に進めていくのであれば、労働福祉事業団が各県にひとつ設置した「産業保健推進センター」の活用をお勧めします。
対象は産業医・保健職・看護職・衛生管理者・衛生推進者・検診関係者などで、働く人の健康管理に興味のある人ならば誰でも利用できます。医師会との協力・ネットワークもできております。臨床医療機関からの相談はどこまでできるかははっきりしないところもあり、各自お問い合わせ下さい。
原則無料で相談内容等の秘密は厳守されます。検診機関開設の指導、メンタルヘルス推進の相談会、各種研修会、調査研究などに加えて関連図書・ビデオの無料貸し出しができます。予防医療を推進させたい国の施策の一環です。スタッフの養成・スキル向上の為にうまく活用したいものです。
NO.2 医療制度改革と予防医療 その2--2002.11.1
予防医療の研究はドラマチックに即効的にあらわれにくい面があります。最低でも5年以上の健康プロジェクトを実践し続けてやっと有意差が証明できるかもしれないという、地道な根気のいる臨床研究なのです。投薬をして臨床効果を調べたり動物実験をしたりするのに比べてとても時間がかかります。
来年の学会発表はどうしようかと考えて、単年単位で多くの論文を書いていくわけにもいきません。長期的視野をもって戦略的に計画していかなくてはいけません。だから焦って早く結果を出したいという研究者にはむいていません。
また、健康プロジェクトは被験者の普段の生活習慣全般にまで深く入り込み調査しないといけないのや、その心がけ(心理状態)の改善にも関わらなければいけないなどのきめ細やかな対応が要ります。
患者さんのプライバシーに近い所にどこまで踏み込めるかという問題があります。研究者と被験者との間の信頼関係を構築するするための事前のプロセスも要ります。いろんなことに気を配らなくてはならない難しい部分があります。
さらには、影響因子が数多くなればなるほど様々なバイアスがかかって分析が困難になります。そして多人数の治験協力者なしに良い研究結果は生み出せません。目標のある有意義で前向き疫学調査(prostective study)にこれらの考慮は不可欠です。
ただ最近は世界的規模での大規模臨床試験に対する評価が高まり、生活習慣病についての多くの研究者の関心が集まってきているところに希望があります。
予防医療の充実した機関は、本体では十分に収益があがっている診療部門からの援助や財団や行政からの助成金があったりして、非営利組織でも成り立つ福利厚生施設です。つまり、診療での収益が少ない医療機関はまだ予防にまで大胆に踏み込める余裕はないのです。
以前の保険制度では、健康指導に費やす労力が大きい割りにその点数は検査・治療にかかる診療点数に比べてとても低く、時間の割には収益が少なくという実態がありました。予防医療の重要性を認識しつつも、経営優先と人材不足などの理由で、ついつい安易に投薬だけでよしとする臨床医療にとてもジレンマを感じるケースもありました。
また、通院患者をキープしておくためにも、指導よりも投薬が優先されていました。生活指導には手間暇がかかるので、多人数を受け持つ外来担当医だけでは手に余る状況でした。
しかし本当に患者さんのためになる医療とは何か?を問い掛けられた時に、たとえば高血圧や高脂血症や糖尿病の患者さんに対しては安易に投薬する事よりも、まず最初にきちんとした生活指導にあることは自明の理であります。
ほとんどの医療従事者が予防医学も大切だと実感していながら、普段の診療に十分に生かしきれるほどの時間と気持ちの余裕がなくなっていたのです。
これらの状況が、医療制度改革により、徐々に覆される時代が到来しつつあるように思います。本来の医療のあるべき姿に向かい始めた胎動なのかもしれません。
医は仁術であるというのならば、病院の経営が第1になり、不相応な中道を逸した利潤追求ばかりに熱中して、自己抑制ができていないのではないのか?との自戒も時々ほしいものです。
医療機関は、ただ営利を追求するだけの会社組織とは違う一面も重要視したいものです。私はせめて病院経営で挙げた利潤のいくらかをもっと予防医療のために分配・投資するぐらいでもって、医療の中道は保たれるのだと思っています。
2次予防の検診システムについては、その雛形は既存の検診業者や他病院のやり方をそのまま真似れば良いことです。後は、スタッフの教育と検診結果の精度管理、要治療者・要精密者に対する事後措置(適正専門病院への紹介連携システム)を構築していくのが大切です。できるだけ速い結果報告が望まれます。
検診業者の中には個人結果通知が1ヶ月以上かかって遅いところもあります。これなどは検診結果のアウトプット処理システムに不備があると言えるでしょう。
さらには老眼の高齢者を意識して、見やすくて分かりやすい検診結果個人票の作成に工夫を施していただきたいところです。細々と詳しくびっしりと書きつめられた検診個人票が、逆に患者さんにとっては「読みたくもない。」と不評の場合もあります。
また、検診の結果についての気軽に疑問・質問をしやすい窓口を設けてその問い合わせ先の案内・通知を記録しておいた方が親切です。さらにはその付加価値の部分として、どれだけ1次予防医療を装飾していけるかを考えたいものです。
臨床医療では、病人の方から病院に出向いて来ていただけるので、医療従事者は「待ち」の姿勢で良いのですが、予防医療では医療従事者の方から顧客(未病人も含めて)への前向きな働きかけが要ります。
医療の広告規制も緩和される動きがありますので、やや営業にも近い外に向けての積極的広報活動が予防医療発展の出発点だと思います。本来はサービス業種であるにもかかわらず、多くの医療従事者が営業・サービス感覚を十分に身につけていないのがボトルネックのひとつになっているように感じます。
従来から医療には宣伝・広告の禁止法令があったこともあり、高度な医療技術と誠心誠意の診察さえ施しておけば医療経営は成り立つと満足されていたドクターが多いのは分かります。しかしこれからはもっと付加価値ある医療を探求し、戦略的発想が求められている時代なのです。
私は医療と企業の2つの世界に身を置いて観察し、やっとそのあたりがわかってきました。
NO.3 医療制度改革と予防医療 その3--2002.12.2
予防医療を推し進めるにあたって、個別医療の方法にだけこだわればいずれ限界に達します。
これは個人プレーを得意とする医師にとっては苦手な領域なのかもしれませんが、医療関係スタッフ(医師・看護婦・保健婦)などに加えて、パラメデイカルスタッフやさらには身内・親族などを含めた患者さんとその家族・地域住民など、集団によるチーム支援医療を作らない限りそれ以上の発展は難しいということです。
本人の普段の生活に密着した助け合いのシステムです。個人では「愛を与える」のが大事な出発点でありますが、集団を統治するリーダーとしては「組織を動かす」生かす愛の観点から「愛の円環システム」を構築していこうという配慮が要るということです。
ここで「直線的な1対1の与える愛」の医療から、数多くの患者さんを取り巻く医療関係スタッフ連携による「円環的な多対多の愛の支援ネットワーク」医療への拡大展開を模索したいものです。このように進化してこそ予防医学の真価は発揮できるのだと思います。「愛の生産者」を倍増していく集団活動にも通じてきます。
各集団・個人によって予防医療・健康情報の関心事にはとても多様性があります。この時に企業経営にもあてはまる顧客のニーズを把握するための市場調査が必要でしょう。
まず対象区域(例:病院受診者、特定地域、特定企業)に限定して、顧客の方達が予防医療の内容としてなにを期待しているか?老後の健康上の不安としてどのような事柄が一番挙げられるか?などをアンケート調査とか個別医療相談とか外来診療記録の中から拾い上げて情報を集積・分析していくと良いでしょう。
「アンケート調査では病院の批判や建設的な意見が聞き出しにくい」という意見を聞いた事がありますが、それは逃げ口上でして、質問形式や施行の仕方に問題があり、知恵・工夫不足だと感じています。集団としてどのような予防医療に多くの人々の関心があるのかをマクロ的につかんで、そこから重点施行していけば良いかとも思います。
この情報は集団に向けての健康講演・各種イベントのテーマ選びの資料としても活用できます。そして併行してそのイベントをきっかけに、さらに各個別面談・指導の要望を募るのです。「個」と「集団」の両者にむけての連関したバランスのとれた指導活動を目指したいものです。
また各個人に向けての教育指導については、最初は検診結果を基にした生活指導から始まり、加えてその人の性格特性・信条・生活習慣・予防医療関心事などを考慮して、画一的にならないオーダーメイドの健康支援活動が望まれます。
支援が1回きりで終わらないように、生活運命共同体のような密着した粘り強い長期的視野に立った愛情深いお付き合いを目指したいものです。この方式で確立した予防医療は、地域住民・企業社員の一層の信頼を勝ち取り、口コミによって臨床医療経営にも必ずプラス効果をもたらすと思います。受診者にとっては健康支援と施療(診療)との連携確立はこの上ない魅力と映るでしょう。
まだまだ一般人にとっては病院の敷居は高いと感じるところが多いのではないかと思います。これまでの医療は医師からの命令によるトップダウン方式が主流であり、医師は唯我独尊の世界に入っていたようにも思えます。数多くの病院・医院が院長(医師)一人の一存に合わせて動いているように見えます。
医療従事者はその名の通り、医師の命令に従ってただ動くだけで、自分の裁量を生かす場もなく医師の要望に敏感になりすぎている一面もあります。
医師の命令や要望を気にしすぎるあまり、患者さんのニーズを医師に報告できなかったり、ついつい医師のいない現場では自分流の個性のある医療活動を発揮できないケースもあるでしょう。しかしそれらに甘んじてはいけないでしょう。これも予防医療推進のボトルネックのひとつになっているように思います。
医師法・医療法に定められた医師の権限規定を再確認しながらも、さらにそのような配慮を医師自身が認知して組織改革を進めたいものです。
病院の上位理念を浸透させて院長の意図をスタッフに理解してもらうためのコミュニケーションも大事ですが、それと併行して、医療従事者にもある程度任せて自由裁量内でやってもらおうという中道的バランス感覚が要るように思います。松下幸之助氏もしていた「信じて任せる」というところです。
とても勇気が要ることですが、院長1人が愛の思いをどんなに高めても組織の自由な雰囲気が損なわれていれば膠着して動きません。調和のとれたチーム医療で発散される集団での愛の総合力は、院長1人の愛の総量とは比べられないほど莫大なものです
集団と個人に対する予防医療の取り組み方を柔軟に分けて対応できるように、健康支援スタッフの養成教育にも前もって力を注いでおいた方が良いでしょう。スタッフの量と質の充実(マンパワー)が予防医療充実の鍵を握ります。特に、臨床医療の経験が長いスタッフを抜擢した時ほどそのあたりの意識革命が大切です。
一例を挙げれば、臨床医療では検査結果の問題点をもとに「**してはいけません。」「**をしてください。」という制限・命令調の指導に終始しますが、予防医療については、このような指導に加えて、「あなたの数多くある生活習慣の問題点について、まず改善しやすい第1歩はなにかをいっしょに考えてみましょう。」とか、「まずひとつの目標を設定して実行できないかどうかを考えてみましょう。」のように、もっと相手方の生活特性や性格に入り込んで、二人三脚での取り組みやすい支援からの導入が望まれます。
生活習慣の歪みは突き詰めれば心の歪みに起因しているので、このような健康指導をきっかけにして、メンタルヘルス問題に本人の納得のいく自然な形で踏み込めやすいというメリットがあります。ある意味で予防医療は心の健康管理の重要性を真正面からアピールしやすい場だとも言えるでしょう。
聖路加国際病院予防医療センター監修で、質問紙法による新しいメンタルヘルスシステム(商品名:MCH;Mental Check and Healing system)が作成されました。現在商品化販売しています。商品内容を知りたい方はWebページ[
http://www.mago-net.com/mch/
]をご覧ください。
微力ながら私もMCHの開発・研究に協力させていただいております。手前味噌ですが、この活用もお勧めします。メンタルヘルスを取り入れた予防医療推進の一手段として有用だと思います。
MCHを活用していただいた皆様方には、建設的なご指導とご鞭撻も承りたいと思います。MCHも健康管理に携わる方達の数多くの御要望・御意見を受け、医療現場の生の声を取り入れて智恵を獲得し、それを元に洗練を重ねて、さらに進化していきたいと思っています。
以上、「病院診療の中での予防医療推進」の私見(概論)に加えて最後に商品コマーシャルまでも述べさせていただきました。
もちろん様々な病院システムや経済的事情や人材難などのハードルもあり、それを乗り越えなくてはすぐには先に進めない部分もあると思います。私にも客観的に見て解決しなくてはいけない問題が多々あります。それを承知の上であえて予防医療の展望をイメージしてみました。
ボトルネックの把握と未来医療の「あるべき姿」のヒントになれば幸いです。
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