生活人コラム



 INO.VOL.13 うつ病からの自殺を減らすために【井上 透】

 [執筆者]
 井上 透
 [紹 介]
 ブリヂストン健康管理センター勤務の産業医。大学講師。医学博士。
 企業の健康管理センタ−に所属して、社員の肉体的および精神的な方面まで含めた総合的な健康管理の仕事をされています。




 NO.1 基本情報と早期発見・診断--2003.4.1


<はじめに>

 ここ数年、日本は経済不況の影響もあり、中高年の自殺者が急増しています。毎年交通事故の死者数の3倍の3万人ぐらいが自殺しています。自殺者急増が、残された遺族・知人に暗い影を落として悲しみが広がっています。

 今回は2回にわたり、自殺者を減らすための提言をまとめました。


<自殺者とうつ病者の関係>

 ある報告では、自殺者の7割程度の人が、直前にうつ状態あるいはうつ病ではないかと推定されています。また、うつ病に該当する患者の6人に1人が自殺で命を絶っているという報告もあります。

 私は産業医という立場上、健康相談の中で「うつ病」患者さんとの面談の機会はよくあります。企業内でのメンタルヘルス維持のためにも、うつ病・うつ状態を早期に発見して、外部の精神科・心療内科との連携を重視しています。その経験と最新精神医学の知見を融合し、一部独自の見解を添えてまとめてみました。


<うつ病患者の発病前性格傾向>

 完璧主義、潔癖性、責任感が強い、真面目、几帳面、律義、融通性がきかない、自負心が強い。


<うつ病の診断>

 まず、「全身の不定愁訴(定まらない訴え)」、「睡眠障害」、この2つがある時はうつ病を疑う。

 さらに、
1) うつ病の身体症状

 「睡眠障害」、「疲労・倦怠感」、「首・肩のコリ」、「頭重・頭痛」など。

2) うつ病の精神症状

 「意欲・興味の減退」、「仕事能率の低下」、「抑うつ気分」、「憂鬱感」、「不安・取り越し苦労」など。

 の症状がどれだけあるかを問いただす。
 うつ病患者の中には、実際は精神症状はあるのに自覚がなく、身体症状の訴えしかない場合もある。

1) 主症状

・「憂鬱感」気分の落ち込み、悲観的マイナス思考。
・「意欲・興味の減退」元来好きだった事(テレビ・新聞・読書・ショッピング・趣味)が今は見たくない、読みたくない、面白くないと答える。
・「疲労感増加」霊的エネルギー低下による活動量の低下。

2) 副症状

・「集中力・注意力の低下」頭の回転が鈍る、考えがまとまらず会話も困難、集中できない。
・「自己評価と自信の低下」元来の完璧主義からくる失墜。
 (対処法:今は頑張らなくても良い。ゆっくりとマイペースで行くように促す。)
・「罪悪感と自己無価値観」。
・「将来に対する悲観的考え」。
・「睡眠障害」早朝覚醒が多く、起床時の抑うつ気分が大きいのが特徴。
・「食欲低下」。

 主症状が2項目以上、主症状と副症状の合計が4項目以上あり、これらが2週間以上続くなら、うつ病と診断される。この中で一番大事なうつ病診断のポイントは「意欲・興味の減退」である。


<周囲が気づくうつ病の発現の兆候>

・表情が暗くなる、会話が減って無口になった。

・遅刻・早引きが多くなる、頻回に休む。

・仕事が手につかない、仕事の能率の低下やミスが多い。

・人を避けて孤立化してくる。

・急に飲酒量が増える。(うつ気分を酒で紛らわせようとして、さらに悪化)


<高齢者のうつ病>

・若い人に比べて身体的訴えが多い。

・病苦や身体能力の低下による悩みが多い。

・仕事から外れて社会的に孤立して、身内からの愛情不足を感じて自殺する人が多い。


<自殺企図兆候の察知>

・自殺をほのめかすような言動はどんなものでも真剣に取り上げる。

・「死にたい」「自殺したい」という直接的な言葉だけでなく、「もう生きている意味がない」とか「お世話になりました」などの不自然な感謝の念は非言語的な希死念慮の表出の場合があり、要注意。

・すでに自殺未遂の既往があったり、手首を浅く切ったり、薬を余分に飲むなどの自傷行為は、近い将来の自殺の危険が高い。

・身内に自殺者が存在したり知り合いの自殺を知った場合も、その人物と同一化して自殺の危険が高まる。

・思春期の場合は「群発自殺」の危険が高い。

・また自殺を図る人の多くが酩酊状態にあり、飲酒時は特に自殺危険度が高くなる。

・精神的なつながりの強い人々を巻き込んだ拡大自殺(無理心中)予防に対しては、周囲の社会的・家庭的状況にも注意を払い、安全確保への配慮も怠らない。


<専門医(精神科・心療内科)への紹介が絶対に必要なケース>

・希死念慮が強い場合。

・家族などの身内の支援体制ができていない場合(入院を前向きに考える。)

・頑固な不眠、会話がスムーズにできないほどに思考力・集中力の低下がある場合。

・おかしな妄想(被害・罪業・貧困など)を訴える場合。
(認知障害があるので対話・精神療法での介入は困難、他精神病の可能性もある。)

・うつ病を思わせる症状があるのに、本人が病気だと認めない(病識に乏しい)場合。
(うつ病以外の他の精神病を患っている可能性あり。)


<お勧めWebサイト>

 「うつ病」の理解と患者さんへの接し方についてはインターネットのホームページでも良いものが見つかりました。[UTU-NET:http://www.utu-net.com/index.html]というのをお薦めします。

 この中の「心の病気のセルフチェック」や「うつ病教室」に示された(患者さんと接するためのポイント)はよくまとまっています。また、地域別の「病院検索」で近くの医療機関を探すこともできます。ご参考ください。



 NO.2 病期に合わせた対応の仕方--2003.5.1


<うつ病の3つの病期>

 病期によって対応の仕方は変わっていきます。

1) 急性期:薬物治療が効果発現するまで(発病1ヶ月以内)

・感情障害・認知的歪みが強いので、言葉の力を駆使し心理的やりとりで正すのは困難。
・精神療法よりも薬物療法の重みが相対的に大きい時期。
・患者の愛情希求に応えて安心感を与える共感的態度での積極的傾聴が重要。
・薬物治療と休養の重要さ、焦らないこと、人生を流れで捉えること、を強調する。
・自殺しない事を約束させる。
・病状が重い場合は入院。
・特に自殺の危険が高い入院患者さんの場合は電気けいれん療法(両側頭部に100Vの交流電流を数秒流す)や光治療などの特殊入院治療が必要となる。(注:一般外来ではおこなわれていない。)

2) 回復期:薬物治療の効果が出始めて快方に向かう(発病1−4ヶ月以内)

・薬物治療の継続を強調、あせらないこと、調子の良い日があってもまだ無理はしないこと。
・回復期に無理をしすぎてその反動でまた悪化した時が、特に自殺の危険が高い。
・この時期も洞察を求める過度な指示的説法は逆効果のことがあるので注意。
・「完璧な人生」よりも「より良い人生」を選ぶことで完璧主義思考から脱皮を促す。

3) 予防・慢性期:ほぼ元通りに近い精神状態になる(発病して回復し3−4ヶ月以後)

・支持療法なくしては再発のおそれあり。
・精神療法の比重が大きくなるが、再発予防のためには薬物療法との併用継続も考慮。(主治医判断)
・社会的支援ネットワークの構築が望まれる。家族ー友人ー職場同僚ー医療機関との連携維持が大切。


<支持的精神療法>

1) 認知(行動)療法

 悲観的な物事の捉え方や考え方を改めると、行動と感情が好転するという理解。柔軟な新しい考え方・光明思想を修得する。軽症のうつ症状には薬物療法を上回る効果を報告した研究あり。

2) 対人関係療法

 対人関係を見直して、関係改善の議論をする。喪失体験後の悲哀の克服、不和関係のズレに気づいて解決。役割の変化への順応、対人関係構築の検討。

3) その他に、精神分析療法や家族療法などがある。


<うつ病者への接し方:10の心得とその解説>

1) 急性期は積極的傾聴法による情緒的支援に徹する。

・受容的態度と無条件の肯定的尊重:たとえ歪んだ価値観からくる発言も否定・反論しないで聞いてあげる。
・共感的理解:相手と同じ立場に自分があった場合を仮定して、その苦しみを理解してあげる。その気持ちや感情を汲み取りながら親身になって心の叫びを理解してあげる。
・ここで感情移入しすぎて相談応対者自身の心が揺れ動いて不安定にならないように心理的距離を保つ。相談応対者の心の統御が十分にできていないのなら深く関わらない。

2) 急性期から回復期には過度の激励は避ける。

・「うつ」に陥る人はまじめな人が多いので、「周囲の激励」を「自分への期待」と深刻に受け止める。
・それに答えられない状態では、さらに自責・罪悪感が強まり病状が悪化することがある。

3) うつ病は一時的な心の病であり、単なる「気のゆるみ」や「怠け心」ではないことを説明する。

・職場関係者にも病気であることを正しく理解してもらう。

4) 早期の心理的休息・休業を勧める。外出や運動はなるべく控える。

 頑張ることは止めてエネルギー充電期間なのだと納得してもらう。

5) 「時間はかかってもいずれ良くなる病気なので、未来に向けての希望を失わないよう。」に説明する。

・絶望感・不安焦燥感の高まりが自殺企図行動に走らせることがある。
・老人の自殺動機として病苦もあり、抜苦与楽の医療に加えて宗教的悟りによる希望提示も望まれる。

6) 人生の大決断(退職・離婚など)は治療終了まで延期するように指導する。

・思考力が低下しているので誤った判断を下しやすい。
・早急な決断を後で悔んでさらに病状を悪化させることもある。

7) 希死念慮の有無を問う。

・責任感の強い患者さんの場合は皆に心配をかけまいとして家族にも話さないことがある。
・コミュニケーションが十分にとれるようになってから、最後に「そんなにつらい事があったのなら死にたいと思ったことが1−2度あったんじゃないですか?」と穏やかに問い直すのがコツ。

8) 自己破壊的な行動(自殺や自傷行為)はしないと約束してもらう。

 患者ー相談者間に絶対的信頼感が構築されていることが前提。

9) 頑固な不眠や希死念慮があれば、服薬加療の重要性を説く。飲酒は止めるように指導する。

・必ず専門医(精神科・心療内科)へ身内同伴で受診する。
・早朝覚醒は多くのうつ病患者に認められ、自殺企図も周囲の目が届かない時刻に決行される場合がある。
・自殺の危険の高い患者の場合は、早急な入院が望ましい。
・薬の効き始めは個人差があり1−4週間ぐらいからで、その前に自殺しないかどうかの監視が必要。
・通常は3−4ヶ月間は服薬継続し、その後は病態に合わせて徐々に減らしていく。
・比較的早く症状が軽快したからといって突然に服薬中断するとまた再発することがある。
・主治医の指示なくして勝手に薬を減量したり中止したりしないこと。
・飲酒酩酊状態から覚めた時に、抑うつ症状は再度悪化する。
・また「抗うつ剤」・「睡眠剤」とアルコールを同時に服用するのも有害である。

10) 回復過程には一進一退があるので、少し良くなったからといってあせって無理をしないこと。

 そこで無理して頑張って再度エネルギーが枯渇してうつ状態に陥っると、人生に絶望して自殺に至る事がある。


<自殺を思い止まってもらうための一転語>

・一度でも失敗したら人生が終わるわけではない。失敗もひとつの経験です。
・自殺はあなたを育て・護り・励ました人々への冒涜行為です。
・人間は不完全で不器用な生き物です。誰も完璧を求めてはいません。
・100点満点でなくて80点ぐらいの、より良い人生をめざして生き抜いていければ良いのです。
・負けを認める勇気と自分を許す勇気が大切です。自分の心の苦しみにも時効があっても良いでしょう。
・同時に自分を害したり侮辱したり恥をかかせた人への、憎しみ心を捨てて許せる勇気も必要です。

(会社の経営苦・失業で自殺念慮がある場合)

 織田信長でも負け戦ではメンツを捨てて退散しています。それでも最終的には敗北者にはならず天下統一をしています。勇気を持ってプライドを捨て、傷口が大きくならないうちに倒産の手続きをとる撤退戦略も良策のひとつです。それから再度人生を立て直すことで、また逆転成功の道が開かれることもあります。

(恋愛や受験で失敗した場合)

 努力できる範囲はありますが、それを超えた身分・能力不相応な高望みは執着になります。今回はあっさりあきらめて、次のチャンスを待ち、新たな可能性にかけましょう。


バックNOもくじへ//最前線クラブへ戻る//トップページへ戻る