生活人コラム
INO.VOL.16 過労自殺について【井上 透】
[執筆者]
井上 透
[紹 介]
ブリヂストン健康管理センター勤務の産業医。大学講師。医学博士。
企業の健康管理センタ−に所属して、社員の肉体的および精神的な方面まで含めた総合的な健康管理の仕事をされています。
NO.1 過労自殺の背景など--2003.8.1
<過労自殺者の増加とその社会的背景:過労やストレス>
昔の、バブルがはじける10年以上前に比べると、過労やストレスを感じる人は増えています。理由はたくさんあります。
業務の効率化・迅速化に伴い、納期に間に合わせなくてはいけないという焦りが疲労の一原因です。コストダウンと品質の向上の両立を求めて製造に関わる人のストレスもあります。リストラに伴う人員削減により、残された社員一人あたりの責任範囲が広がり、業務量の増加と多様化から気を使わなくてはいけない場面が増えてきました。
また、専任業務に徹していた人が作業形態を根本から変えるように上から指示される場合もあります。会社方針で多能化をめざすように職制を通じて命令を受ける場合もあります。異分野の慣れない新技能を身に付けるのが大きなストレスになります。時間内に業務を遂行できず残業時間が増えて帰宅も遅くなり、睡眠時間が不十分になり疲労が蓄積するケースもあります。
社会の変革に伴い、会社組織も革新を求められるようになり、職場環境の急変やユニット内での人の出入りが頻繁で、中には、上司が変わって方針が変更になり緊張することが増えて戸惑う社員もいます。専門業務で実績を上げたのは良いが、その評価を認められて昇進したことで部下管理能力に長けていないがためのストレスがあります。これは適性の問題でしょう。上司と部下の間に立った中間管理職が、意見の相違の板ばさみになって苦しむ場合もあります。
職場の劣悪環境(高温・多湿・寒冷・騒音・異臭など)からくる五感を害する疲労・ストレスは、管理監督者あるいは健康管理スタッフによる環境改善の配慮が必要でしょう。
職場のOA化が進んで、テクノ不安症・テクノ依存症という新種のストレスも生じています。
工場では、機械を止めると立ち上げ時の生産効率が落ちるので昼夜稼動し、人間がそれに合わせて交替勤務をこなし、不規則睡眠が満足にとれない人もいます。
男女雇用機会均等法のために、女性労働者の長時間・不規則労働も増えており、特に共働き者で家事も担当する場合のストレスは相当なものだと思われます。
都会の場合は満員電車の長時間通勤の影響も大きいでしょう。フレックス制などで通勤時間帯をずらして、カバーしている人もます。過剰出張が過労死と認定されたケースもあります。
<過労自殺されるような方(またはしそうな方)の性格・思考の傾向性について>
概して、真面目な頑張り屋さんで責任感が強すぎる場合が多いと思います。
要所要所での業務に強弱をつけるのが下手で、息抜きを知らず、完璧主義の傾向にあります。ひとりで仕事を背負い込んで、同僚や部下に仕事の分担をお願いするのが苦手な人もいます。
また、業務の目標を高く設定しすぎているために、そのノルマを達成できない時に自己罪悪感が強くなります。
<過労やストレスで悩む方、自殺を考えるような方へのアドバイス・助言例>
人生は長距離走なのだから、短期的にはうまくいかないこともありますよ。疲れたままで仕事を続ければ、むしろ仕事効率も低下して良い仕事はできません。(収穫逓減の法則)
時には大胆に休んで気分もリフレッシュすれば、また新鮮な気分で気持ち良く仕事が始められますよ。
完璧でなくても良いから80点主義でいきましょう。
仕事の合間に遊び心を取り入れて、仕事を楽しんでいく余裕を探してみましょう。
体力的に負担が多い業務や、部下にもできる業務はなるべく部下に任せましょう。
新業務を覚えることで仕事技能がさらに幅広く高まってくるのだから、まずチャレンジしてみてください。限界を感じたら無理せず上司に相談する勇気を持ってください。
あなたには、自分の心を開いて本音で相談できる人が身近にいますか?その方との付き合いを大事にしてください。
あなたの辛い気持ちを上司に打ち明けるのは抵抗がありますか?もしも抵抗感があってできないなら、せめて困った事を健康管理スタッフに相談してみてはどうでしょうか?
会社や上司に知られたくない事だとしても、あらかじめ他言しないで欲しいと自己申告しておけば、健康管理室などの医療機関では「個人情報の守秘義務」を負っており、あなたの立場が不利にならない様に配慮して対応してくれるはずです。
NO.2 過労自殺の予防とチェック--2003.9.2
<過労自殺予防の為の労務システムの改善と労災基準について>
過労自殺の事例報告書を読んで推測するのは、当人が自殺前に身近に良き相談相手を有していなかった場合が多いのです。家族・職場の同僚がもっと関心を抱いて本人の変調にきづき愛の支援ができていたら、自殺という悲劇は避けられたかもしれません。
自殺念慮の社員(うつ病者)に対する安全(健康)配慮義務を怠り、予見できなかった管理監督者や健康管理スタッフにも反省材料はあります。周囲の者達が、いかに関心を持って社員に思いやりのある対応ができるかが大切です。超過勤務による問題は、最近はワークシェアリング、裁量労働制などで、社員の負担を軽減する措置も徐々に広がっています。
過労自殺の場合は、それに関わった職場の上司や同僚にも深く悲しみの闇が広がります。自殺者の遺族だけでなく、職場の仲間に与える悲しみも大きいと思います。過労自殺企図者の場合は、生きるのに疲れたというのが自殺に追い込まれる理由ですが、まじめな人も多いので、あらかじめ「自殺するともっと多くの人々に迷惑がかかり、不幸の人々を増やしてしまう。」というのはひとつの抑止力になります。
同時に、過労勤務状態をできるだけ改善するための施策を、管理監督者や健康管理スタッフが配慮して構築する努力も必要だと思います。
過労死については、(注:過労自殺ではありませんが)長期間にわたる疲労の蓄積についても業務による明らかな過重負荷として、平成13年12月に、「脳血管疾患および虚血性心疾患の認定基準」が改正されました。
[
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/09/s0906-5b1.html
]をご参考ください。
認定要件1.「異常な出来事」発症直前から前日まで
認定要件2.「短期間の過重業務」発症前約1週間
認定要件3.「長期間の過重業務」発症前6ヶ月
過重業務による法的規制は整備されつつあります。
今後は事業主ではこの認定基準により脳・心疾患で死亡した場合、労災で訴えられると負ける確率が高くなったので、法的根拠をもって、過重労働を改善していけるようになりました。間接的ではありますが、過労による自殺予防を保護する認定基準です。
<仏教思想・老壮思想の観点からみた過労自殺者防止のアドバイス>
人生は1冊の問題集、すぐには解けない問題もあります。
人生道をゆっくり楽しもうとする老荘思想もあなたにとっては役に立つ教えだと思う。
人間はこの世に生を受ける前にあの世で人生計画を立てて生まれてきます。その時に苦難・困難に負けずに一生涯を送ろうと決意して、この世に生まれてきたのです。途中で生き抜くのを放棄して自殺しようという人生計画を立てる者はいません。
人間は永遠に転生輪廻を繰り返している生命なのだから、今回の一生涯で、全てを完璧にクリアして悔いなしという人もいません。来世にいくらか持ち越さざるをえない、カルマもあります。人生は生き抜いているうちにまた立ち直りのチャンスが生じることもあります。完璧な人生を歩むのではなくて、より良い人生を歩むことで事足りると達観する事です。
自殺は仏からいただいた人生修行の機会を自ら放棄する「悪」行動です。死後あの世に戻ってから苦しい懺悔の日々を送らなくてはいけません。
<「過労自殺」しないための心得チェック>
(該当する項目があれば、それをうち消すために、どのように工夫して自分の心と行動の癖を変えていけば良いかを考えてみましょう。)
1)仕事はいつも完璧をめざし、緊張感の連続だ。
2)皆から「まじめ」「几帳面」だと良く言われる。
3)要領が悪く仕事が時間内に終わらなければ、残業で遅くなっても仕方がない。
4)めいいっぱい頑張らなくては会社業務がとどこおると自負している。
5)仕事を頼まれると、決して嫌だと断れない。
6)自分の仕事は他人には任せたくはない。
7)ノルマを達成できなかった時の罪悪感にいつまでもひきづられている。
8)仕事が無能だと言われるのが怖いし、死ぬよりつらいことだと思う。
9)仕事は生きがいや楽しみよりも、つらい事の方が多い。
10)休んで気分転換し仕事を再開するよりも、今の時間が惜しくて休めないと思う。
11)十分な睡眠が確保できず、頭がスッキリしない。
12)疲れが翌日にまで残っていても、無理して仕事に励む。
13)休日も仕事のことが頭から離れずリフレッシュできない。
14)少々の病気では休むわけにはいかない。
15)上司に仕事の悩みなどの相談はとてもできない。
16)本音で相談できる友人や家族が身近にいない。
○が12以上は要注意
○が6−11はやや危険
○が5以下は危険性は少ない。
<以上>
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