生活人コラム
INO.VOL.18 日本医療制度の問題点【井上 透】
[執筆者]
井上 透
[紹 介]
ブリヂストン健康管理センター勤務の産業医。大学講師。医学博士。
企業の健康管理センタ−に所属して、社員の肉体的および精神的な方面まで含めた総合的な健康管理の仕事をされています。
NO.1 問題提議として--2003.12.29
<はじめに>
最近のマスコミ報道では、医療事故や医療倫理の問題などが増えてきました。
もちろん、医療技術の急激な専門化に追随していくのは大変なことであり、最新医療が現行の医療制度にそぐわないなどの複雑な事情もあるのはわかります。医療関係者の苦悩の声は承知した上で、敢えて本音で大学病院医局や様々な病院勤務と産業医としての企業に属するなどの経験を生かして私なりに感じる日本の医療の問題点を2回に分けて述べてみました。
大学病院・大病院の要職に就いている医師にとっては耳の痛い話かもしれませんが、このような観点もあることを、医療関係者の皆様にも一般の方にも理解していただきたいと思います。医療の世界の慣例が、世間や企業の一般常識から外れていても当然だという思い上がりが、医療制度改革を抑止するマイナス要因になっているのだと認識していただきたいものだと思います。
<医療経営と医療倫理の欠如した医学部大学教育と、その使命>
最近の医学部教育の中で、病院経営学や病院管理学や医療経済学のような正式な講義はないと思います。つまり「医療経営」を学ぶ機会はほとんどなく、独学に頼るしかありません。(少なくとも、私が医学生時代の20年前にはありませんでした。)これは、今の大学教育は「医学教育」に傾き過ぎて、「医療教育」が軽視されすぎているからです。
卒前教育にも、その基本を教えるようなカリキュラムをもっと組み入れても良いのではないでしょうか?
一方では医師の職業倫理の重要性が叫ばれていますが、その基本理念を教育する場としての大学医学部の卒前教育や医局内教育のあるべき姿までは語られていません。「医師の職業倫理」を習得できる医学カリキュラムもありません。
「倫理規程」そのものがまだ確立していないので今はまだ無理なのかもしれませんが、本来は「医者の卵」にこそもっと力点を置いた倫理教育が要ると思います。倫理教育こそ人生の比較的早い時期になされるべき事だと思います。病院勤めをする頃からでは遅すぎます。
さらには、医局の中に「倫理規程」に反する制度が慣例化している場合もあります。医局内に腐敗の芽があるとしたら、所属する教師集団がどうして医学生に「倫理規程」を教えていけるのでしょうか?
大学医局制度の縦割り意識の問題は、昔から話題になっています。最近もテレビドラマ化されている「白い巨塔」の世界が現存します。他科医局との連携の悪さや学閥による閉鎖主義が長くはびこっています。
大学病院の使命には「研究」「臨床」「教育」の3本柱があります。しかし、多くの大学医局員が研究偏重になりすぎているように思います。
専門性を極めていけば、いずれ目新しく珍しい研究の成果が現れ、学会で発表して注目を浴びます。専門性を極めていくほど大学医局内の医師としての地位は上がっていき、地位欲・名誉欲にそそられる医師も多いでしょう。てっとり早く有名になって医学界と世間から十分な評価を受けるだけならば、専門医としての磨きをかけることだけに終始しても事足ります。
しかしそれだけに留まり、一般医としての研鑽を怠り、患者さんのためになる医療を忘れて「研究」に没頭し、患者さんの心情が理解できず視野狭窄になっていく医師も数多いのではないでしょうか?
また、「教育」を軽視し関心をもたないのも良くない傾向です。高度な「研究」活動や技能の習得は際限なく、熱中するあまり専門技能の継承教育がうまくいっていないのです。
「専門医と一般医の複眼的視点を身につけ3本柱を偏りなく重視する医師をめざそう」とするバランス感覚の習得が全医師の生涯学習としての命題だと思います。
今回のような医療制度改革を探求していくのには、むしろジェネラリストとしての視点が要ります。ただ、現行の医局制度ではジェネラリストを高く評価するようにはなっていません。その証拠に、従来から教授選考基準は過去の「専門研究論文」の実績などが大きく影響します。さらには「臨床」「教育」の実績評価尺度はほとんどありません。
医局の統括者としては、ジェネラリストとしての大局観を備えた資質を要します。「教育」に熱心でない人が教授になれば、その部下は悲惨な目に遭います。スペシャリストの道を究めた実績だけで就任した教授が、教授会ではジェネラリストとしての視点での議論が交わされ、大学病院の方針が決められていきます。
これも大学病院運営のひとつの問題点だと思います。
NO.2 医療サービスと経営の両立・医療制度改革--2004.2.2
<バランス感覚>
大学に属する卒後の医師の研修は各分野のスペシャリストとしての道を究めていきますが、大学から離れて病院経営の世界に移ればジェネラリストとしての大局観を要し、特に、専門医にとっては普段から思考習慣のない分野に足を踏み入れる事になります。
医療は、通常の会社における製造・サービス業とは異なる部分があります。厚生労働省が推進させようとしている株式会社参入で、 単なる利益追求型の医療組織になってはいけないと思います。
医療には、専門的な医学知識を要し、また高度医療は高コスト低収入なれども患者の幸せのためには遂行されなくてはいけない事もあり、さらには、社会保障・無償のサービスなどの側面も兼ね備えており、目に見えない付加価値としての博愛精神も含まれているからです。
ただ、医療と企業は異なるからと言って、単純に「株式会社化反対」を唱えて株式会社のシステムから完全にそっぽを向けて学びの種を探求しようとしないのも賢明ではないと感じます。
医療の無駄を抑えるためのコストダウンや医療の質を落とさないための精度管理については、製造業・サービス業の経済効率・品質管理改善システムの中から学ぶべきことも多いからです。病院経営者は忙しいかもしれませんが、このような学びも怠ってはいけないと思います。
安定した経営とサービス・付加価値をうまくミックスさせていけるバランス感覚が重要です。
そういう意味でも病院経営のトップはこれらを幅広く理解し、バランス良く駆使できる資質が求められます。医学知識のない経営者が旗をふると、患者さんのためにならない医療に陥る危険もあり、やはり医療現場を熟知した医師が経営者となるのが本来の理想型であるように思われます。
問題となるのは、医師向けの医療経営に関するセミナーは時々開催されていますが、医師は多忙なために、なかなか参加が困難で日々の診療との掛け持ち学習が大変なことです。
<コミュニケーション>
医療従事者と患者・家族との信頼感が重要なのは言うまでもありませんが、医療従事者間のコミュニケーションと病診連携の充実も大切だと思います。
患者さん情報の共有と医療チーム内での一致した診療方針の確立・申し送りの円滑化も重要なテーマです。「同じ病院内でも医療従事者によって言うことがバラバラで本当の診療方針がわからない。」と戸惑い不安に感じる患者さんたちの悩みがわかりますか?それが医療不信の原因になっている事もあります。
また、患者さんと日々現場で接している看護師・薬剤師・レントゲン技師から受付事務員に至るまでの方々が患者さんと交わした会話の中にも患者さんの本音の要望や意向のヒントが述べられていることもあります。それらの情報の正確・迅速な吸い上げができて医師のもとへ報告される伝達システムができているでしょうか?
医療従事者全員が熟知しておかなければいけない患者さん個人情報の共有化はできているでしょうか?医療従事者内での患者さん個人情報の守秘義務の徹底もできているでしょうか?さらには職員全員がより良い医療環境を作ろうという情熱で満たされ、末端職員の改善意見やアイデアが反映されるような土壌が構築されているでしょうか?
会社には基本理念を表したスローガンが外来者にわかるように大きく掲示してあるところもありますが、病院にもそのような掲示板がもっとあっても良いでしょう。それが医療従事者としての使命の自覚を高揚させる原動力になります。
患者さんはそのスローガンに共感することで、病院と患者との間の信頼感がもっと高まります。病院の基本理念を承知の上で、患者さんがその医療活動をつぶさに注目していくならば、その適度な緊張が現場での医療ミスの抑止力にもなり得ます。
医療事故については、報告制度の明文化が望まれます。報告することでその事故の原因が詳しく分析され、それが今後の改善に結びつき、類似事故発生の予防につながります。
ブリヂストンでも労災があれば安全衛生委員会で公に取り上げられ、労災発生部署担当者が作成した「発生状況・原因探索・対策案などの報告文書」が、社内全職場に公表・回覧され、それを受けて全社的な改善策を水平展開していきます。企業では当たり前にしていることが、今までの医療界ではなおざりにされていたのではないでしょうか?
ただ、医療の場合は、お客さんである外来患者さんの生命に関わる事なので、患者側から訴えられるかもしれないというリスクを伴うという難しい問題もあります。
そこを考慮すると、よりいっそうの改善案が要りそうです。医療訴訟が頻繁になるにつれ、医療従事者側は防御に気をとられ、後ろ向きの医療に甘んじていくようでは理想の医療からはほど遠くなるでしょう。
外部機関による病院評価システムの動きも出てきました。
最近は、健保が主体となって、病院受診者の意見・感想を収集し、インターネットでその評価表を健保加入者に見てもらい、上手な病院のかかり方の参考資料にしてほしいという流れもあります。患者さんの病院受診時の本音の苦情なども述べられており、病院管理者にとっても病院制度改革の具体的ヒントになるでしょう。
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