好奇心コラム



 INO.VOL.2 マスコミ報道について思うこと 96.6.24

 [執筆者]
 井上 透
 [紹 介]
 ブリジストン健康管理センター勤務の産業医。大学講師。医学博士。
 4月からは、西日本新聞の『健康と福祉』欄で『産業医のメモ』を担当されています(毎週木曜日の朝刊)。



 TBSのオウム報道問題以来、マスコミの報道倫理姿勢が問われています。
 こんな時代だからこそ、情報の受け手である我々も、マスコミ情報に扇動されないように注意が必要です。特に、TVのニュース・ワイドショー番組情報だけで世の中のシステムが理解できたと思うのは危険です。
 マスコミの基本的体質として、世の中の悪い出来事の発表には優れていますが、良い出来事の発表の機会は少ない傾向にあります。片寄ったマスメデイアだけに頼っていると、世の中全体がひどく悪くなったように感じてしまいます。
 また、ニュース発表時に加わっている価値判断のところは、結構、ニュースキャスター個人の勝手な意見であることも多く、そこを読み取れる知恵をつけたいものです。

 日本で起きた事件報道も、日本のTV局の内容とCNNの内容を比べると視点の違いに気付きます。
 CNNの一流キャスターになると、情報だけを提示して自分の意見をあえて言いません。私見を述べると価値観の押し付けとなり、視聴者の公平な見方を阻害してしまうという配慮があるからです。
 さらには、アメリカの報道には、情報源が特定できないものは記載しないというルールがあります。その情報源を追跡して発言者が出てこなかったら、記事を書いた記者や雑誌社が訴訟の時に負けてしまうからです。
 だからアメリカの雑誌には個人の名前が住所つきで載っていることがあります。

 それに比べて日本の雑誌記事の中には、これは本当か捏造なのかはっきりしないこともあります。
 本人は専門ではないにもかかわらず、雑誌・新聞記者の中には、いろんな情報を寄せ集めて聞きかじりだけでデタラメな事を書く人もいるようです。ですから、一冊の本を自分の名前を出して責任を持って書ける人の書物の方が、雑誌記事よりも信頼性が高いとも言えます。
 雑誌を読んで疑問を感じたなら、ある程度の書物にあたって信頼性を確かめる事も大切です。

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