生活人コラム



 INO.VOL.22 アルコール依存症【井上 透】--2004.12.1

 [執筆者]
 井上 透
 [紹 介]
 ブリヂストン健康管理センター勤務の産業医。大学講師。医学博士。
 企業の健康管理センタ−に所属して、社員の肉体的および精神的な方面まで含めた総合的な健康管理の仕事をされています。




 患者さんの健康指導をする上で、最も困難なケースにアルコール依存症があります。

 医療では精神科が扱っていますが、根治のための薬物療法もなく、通常の健康管理室や医療機関での関わりも長期にわたる粘り強さが必要とされます。一時期は断酒できても再飲酒が多く、実効のあがりにくい難しいテーマです。

 むしろ、断酒継続のためには「自助グループ」の活動が大きな実績をあげています。日本では、主に「AA」と「全日本断酒連盟(断酒会)」の2団体がありますが、「AA」の活動が、とても宗教的儀式に近いシステムなのに驚かされます。


 「AA」とは、Alcoholics Anonymousの略です。

 1935年アメリカで2人の回復不能と言われたアルコール依存者が、アルコールに関する体験を語り合っているうちに、飲酒の欲求が消えて、やめ続けられている事を発見したのがきっかけでした。依存症者がお互いの酒害体験を語り合うグループ活動を広め、断酒成功者が続出しました。

 今までどれだけ断酒の意志を強く持っても止められなかったのに、毎日の会出席で、飲酒欲求が自然に消えていくという不思議な現象なのです。

 会合には、断酒希望者なら誰でも参加でき、お互いがプライバシーを守り、自分の名前の紹介もしなくて良く、プライバシーは保護され、自由参加なのです。

 司会者の進行で各人が「自分の飲酒に関する問題や悩み」を語ります。

 意見の分かち合いは「言いぱなし、聞きっぱなし」の原則が貫かれ、他人の話は聞くだけで質問や意見はしない事になっています。つまり、会の中に治療者や指導者の立場の人はいないのです。

 他人のひどい飲酒体験の中には自分と似たような体験や気持ちを語る人がいて、断酒が継続でき充実している様子を目にして、その心情への共感を重ねるうちに、自分の飲酒欲求が自然と止まるというのです。

 「AA」の12のステップである回復プログラムを羅列します。


 信仰による良き霊的・神秘的作用が働いていることが、以下の文面からうかがい知れます。
 各項目の( )には、私見を述べました。

1. 私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなくなっていた事を認めた。
 (自我を捨て、無我の境地への誘いであり、今までの過ちを素直に認める反省の始まりでもあります。)

2. 自分を超えた大きな力が、私たちを健康な心に戻してくれると信じるようになった。
 (仏神の存在を認め、庇護されているという確信)

3. 私たちの意志と生き方を、自分なりに理解した神の配慮にゆだねる決心をした。
 (「自分なり」の記述はひっかかるが、仏神に帰依しようという決意表明)

4. 恐れずに、徹底して、自分自身の棚卸を行い、それを表に作った。
 (自己変革の決意)

5. 神に対し、自分に対し、そしてもう一人の人に対して、自分の過ちの本質をありのままに認めた。
 (仏神を前にして反省の姿勢)

6. こうした性格上の欠点全部を、神に取り除いてもらう準備がすべて整った。

7. 私たちの短所を取り除いてくださいと、謙虚に神に求めた。
 (仏神に対する謙虚な姿勢)

8. 私たちが傷つけたすべての人の表を作り、その人たち全員に進んで埋め合わせをしようとする気持ちになれた。
 (罪を償い、ご恩返ししようとする姿勢)

9. その人たちや他の人を傷つけない限り、機会あるたびに、その人たちに直接埋め合わせをした。

10. 自分自身の棚卸しを続け、間違ったときは直ちにそれを認めた。

11. 祈りと黙想を通して、自分なりに理解した神との意識的な触れ合いを深め、神の意志を知ることと、それを実践する力だけを求めた。

12. これらのステップを経た結果、私たちは霊的に目覚め、このメッセージをアルコホーリックに伝え、そして私たちのすべてのことにこの原理を実行しようと努力した。


 この12のステップは、ある解説書に掲載されていたAAワールドサービス社発表のものです。

 AAワールドサービス社は「宗教団体」ではないと説明していますが、このステップに語られているのは「宗教理念」そのものです。どんな宗教にも普遍的にある属性の「反省」「謙虚」「感謝」「祈り」などのステップを内包し、明らかに大いなる「神」にゆだねた上での救済を意識しています。

 ステップ12には他の依存症者への救済を歌い、「与える愛」に踏み込もうとしています。信仰を土台にして人生の建て直しをはかれば、アルコール依存症は克服できるということを実証しているのです。


 「全日本断酒連盟(断酒会)」でも、共通の酒害問題を語り合うことで断酒継続する点では「AA」と基本的に変わりありません。

 ところが、断酒会の規範を見て思うのは、「神」「霊」「祈り」などの宗教的言葉を取り除き日本人向け(?)にアレンジしてあります。創設者が宗教性を排そうとした意図が読めます。「祈り」の代わりが「断酒の誓い」「心の誓い」なる唱和です。

 家族の参加を原則としているのが「AA」と異なる部分で、「神」に触れない部分を夫婦・家族の協力・支援で埋め合わせているようにも感じます。

 東京学芸大学の野口祐二氏は自助グループの機能について以下6つの特徴をあげています。


1. 飲酒機会の軽減
 →飲酒習慣をグループ参加習慣に置き換える。

2. 感情の癒し
 →同じ境遇・感情を分かち合える仲間がいて孤独でなくなる。

3. エネルギーの補給
 →次にグループに会うまで断酒しようという決意エネルギーを受ける。

4. 対人関係能力の成長
 →自助グループの中でしらふの自分をさらして人間関係の改善のきっかけをつかむ。

5. 自己の再発見と再確認
 →自分と似た体験談を通じて生き方を修正する。

6. 偏見への対処
 →断酒して社会復帰した人の励ましが回復力を与えてくれる。


 現代の精神医学は、唯物的西洋医学の枠内に留まろうという思惑が強く、この分野はまだまだ不毛の領域だと感じます。多くの現代の精神科医は嫌酒薬で離脱症状を抑えるという対症療法ぐらいしかできていません。

 しかし、根本には霊的問題があり、正しい宗教も関わるべきテーマだと思います。憑依霊・悪霊による家庭崩壊させようとする作用に対しては、正しい信仰を持ち、正しい物の見方、正しい人生観をうち立てて、高次元の力を借りて信仰の力を持って戦うという教えが宗教にはあります。

 精神科医も、時には宗教の持つ特異なパワーにも目を向けて、このような良き実績にも関心を持っていただきたいものです。医療と宗教の融合できる部分の研究がもっと進んでいけば、ワンステップアップの新時代の医療をもたらす可能性を感じています。


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