生活人コラム



 INO.VOL.28 インフルエンザについて【井上 透】--2005.12.1

 [執筆者]
 井上 透
 [紹 介]
 ブリヂストン健康管理センター勤務の産業医。大学講師。医学博士。
 企業の健康管理センタ−に所属して、社員の肉体的および精神的な方面まで含めた総合的な健康管理の仕事をされています。




<インフルエンザの脅威>

 20世紀には新型インフルエンザの世界的大流行(パンデミック)が3度ありました。

 1918年のスペイン風邪は世界中で2000万人が亡くなり、日本でも38万人が死亡しています。
 1957年のアジア風邪では、日本の死亡者は7700人以上、1968年の香港風邪では、日本の死亡者は7700人以上となっています。

 現在話題になっているトリインフルエンザのウイルスが人から人への感染力を持つように変異した場合、今シーズン接種しているインフルエンザワクチンも無効ですし、新型のインフルエンザウイルスに対する免疫・抵抗力のない多くの人が犠牲になると危惧されています。


 風邪の原因となるウイルスは様々ありますが、その中でもインフルエンザは空気感染なのでその伝播力が強く、また罹患時の症状が重くて、抵抗力の弱い小児では脳症をおこしたり、老人では肺炎をおこしたりして命にかかわる大問題なのです。また、昔の大流行時に比べて、人口密度増加と交通機関の進歩により感染機会が増えて流行のスピードも速くなると想像されます。

 過去の新型インフルエンザウイルスの誕生には、トリ・ブタ・人の相互感染が関係していました。通常はトリインフルエンザは、人の呼吸器の上皮細胞にある受容体には接着しにくいので人には感染しにくいものでした。同じく人インフルエンザは、トリの呼吸器の上皮細胞にある受容体には接着しにくいのでトリには感染しにくいものでした。

 ところが、ブタの呼吸器上皮には人とトリのウイルスの両方の受容体が存在する事が発見されました。よってブタが同時期に両ウイルスの重複感染をした場合は、ブタの体内でハイブリッドウイルスが誕生すると推測されます。


 アジア諸国の農家では、ブタ・カモ・アヒル・ニワトリが同じ家畜で飼われていて住居も同じ屋根の下にあって、人も家畜も共同生活のところが多いのです。このような、生活環境から新型インフルエンザのウイルスが誕生しても不思議ではありません。

 1997年7月に香港在住の3歳児がインフルエンザで死亡し、その気管内採取液からトリインフルエンザウイルスが分離されたことがわかり、従来の受容体の違いによるトリから人への直接感染はないという説も覆されたのです。

 香港の衛生局はニワトリやカモなどの家畜類150万羽を殺処分し、人へは18人感染、6人死亡にまで犠牲者を食い止め、その時の感染拡大を抑え込みました。現在世界中に流行しはじめているトリインフルエンザウイルスは、この時のトリウイルスの子孫なのです。

 ウイルスは遺伝子のアミノ酸の配列がちょっとした変異で弱毒から強毒化することもあり、近年、新型インフルエンザの大流行の条件は出揃いましたので、あとは時間の問題です。


 それでは我々の対応策は何でしょうか?

 ひとつはインフルエンザのワクチンの予防接種ですが、これも新型のウイルスには効きません。

 抗インフルエンザ薬(タミフル)は、ウイルスに罹患して48時間以内に服薬すれば体内の増殖を抑え、3日目には症状は改善されます。しかし2−3日の服薬で中止すると耐性ウイルスができやすくなります。ですから必ず処方通りの5日間の服薬が大事なのです。

 結局個人でできる事は、通常の風邪予防のためのうがい・手洗い・マスク着用・人ごみを避けるなどの感染予防に尽きるでしょう。さらには、自らの免疫機能・抵抗力を高めるためにも、疲労をためない生活節制や運動で体を適度に鍛えるのも重要です。


<インフルエンザワクチンの誤解>

 ワクチン接種してもインフルエンザに罹らないとは言えません。流行ウイルスの予想が的中すれば70%以上の有効率ですが、外れればそれを下回ります。

 ワクチン接種の目的は、インフルエンザに罹患した時に症状の悪化を防ぎ死亡率を少なくすることにあります。

 日本では死んだウイルスからできた不活化ワクチンなので安全性は高いのです。しかしその分、免疫応答が弱いので、免疫持続期間も5ヶ月と短く毎年接種しないと高い効果は得られません。また小児は感染歴がないので1回の接種では免疫応答が得られにくいため、2回接種が勧められています。

 1962年から1994年まで日本中の小学校でインフルエンザの予防接種が義務づけられていました。これは社会全体のインフルエンザのウイルス量を減らしていたのです。

 ところが1994年の予防接種法が改正され学童の集団接種は中止されましたが、それ以降インフルエンザ罹患者が増えて、死亡者も増えてしまっています。ワクチン接種による副作用のマイナス数字とは比較になりません。一部の予防接種反対論者は、下記記事をどう受け止めているのでしょうか?


『接種低下で幼児死亡増加か インフルエンザワクチン 90年から11年間で783人 』

記事:共同通信社
提供:共同通信社

【2005年11月9日】

 インフルエンザワクチンの接種率が低下した1990年代はインフルエンザに関連して死亡する幼児が増え、90年から2000年までに少なくとも783人が死亡したとみられるとの研究結果を、けいゆう病院(横浜市)と慶応大のグループが8日までにまとめた。

 ワクチンの効果が再認識され始めた01年以降は死亡数は減少し、けいゆう病院の菅谷憲夫(すがや・のりお)小児科部長は「94年に子供への集団接種が中止されたのが原因で、兄や姉から感染する幼児が増え、脳炎などによる死亡が増えた可能性がある」と指摘。津市で開かれる日本小児感染症学会で12日発表する。


 グループは厚生労働省の統計を基に、72年から03年までの1-4歳の月別死亡数を調査。

 死亡数は、ワクチン接種が義務付けられていた80年代は、春から夏に多い傾向があった。ワクチン効果に対する疑問の声が強まり接種率が低下した90年以降、ピークは1-3月に移り、インフルエンザの流行とほぼ一致するように増減していることが分かった。

 流行がないと仮定した場合の死亡数と比較し、インフルエンザが原因とみられる「超過死亡」数を算出した結果、大流行した98年の140人を含め、90年から11年間で783人に上った。

 ワクチンの接種率が増加し始めた01年以降、超過死亡はなく、菅谷部長は「ワクチン普及と抗ウイルス薬の登場により、死亡数が減った」としている。

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