生活人コラム



 INO.VOL.29 アスベストについて【井上 透】--2006.1.10

 [執筆者]
 井上 透
 [紹 介]
 ブリヂストン健康管理センター勤務の産業医。大学講師。医学博士。
 企業の健康管理センタ−に所属して、社員の肉体的および精神的な方面まで含めた総合的な健康管理の仕事をされています。




<石綿(アスベスト)の特性と用途>

 石綿(アスベスト)は古代から知られた天然に産する鉱物性の繊維です。青石綿・茶石綿・白石綿の3種類があります。

 その繊維が極めて細いにもかかかわらず切れにくい性質を持ち、さらには熱・水・摩擦・酸アルカリに強く、絶縁性と加工性に富むので、工業的用途として使いやすいのです。

 建材としては、耐火壁・天井壁の内外装材、屋根や煙突材、保温や耐熱防御を必要とするシート・タイルなどです。工業製品としては、自動車・自転車のブレーキライニング・クラッチフェーシング、ガスケット、パイプなどです。

 日本では1960年以降の高度経済成長とともに輸入量は増えて、その用途は3000に及ぶほど多岐に使用され、現在も我々の生活の至る所で臨在しているのです。


<石綿の有害性認識の歴史と規制>

 石綿の職業的暴露の健康障害は1930年代から報告されており、1960年代に南アフリカの石綿鉱山周辺住民からの中皮腫の集団発生が報告され、アメリカでは断熱材施行業者での肺がん・中皮腫が多発し、世界的に重大な課題と認識されました。

 日本では1975年から、作業者の危険とビル内への飛散の危険を考慮して、石綿吹きつけは禁止になっています。しかしその用途を生かすために、安全使用を前提にその後も建材や工業製品への使用は許可されていました。

 その後、青石綿と茶石綿は発ガン性が強いことがわかり、1995年にこの2種は使用が禁止されました。

 そして、2004年に特定の用途を除き、全石綿が原則使用禁止とする労働安全衛生法の改正が発令されました。ところが、これは新たに使用しないという意味で、老朽化したビルの建材や施設の部材には今でも残っています。ビルの解体や解体廃棄物の処理扱い方法を誤れば、今後も数多くの人が暴露する危険をはらんでいます。


<石綿の飛散防止措置の手順>

 まず設計図により石綿含有の建材・吹きつけ等の場所を特定します。不明な場合は日本作業測定協会などの機関に分析調査を依頼します。

 特に、吹きつけられた石綿の劣化状態を視認し、飛散の恐れがある時には「除去」「封じ込め」「囲いこみ」措置を行います。

 「除去」は吹きつけ石綿を完全除去し、非石綿建材に代替する根本的な措置です。「封じ込め」は表面に固化剤を吹きつけて塗膜を作り、飛散防止をする措置です。「囲いこみ」は石綿建造物の周囲を非石綿建材で覆って飛散防止する措置です。

 解体の場合やこれらの措置作業をする時は「防じんマスク」「保護めがね」「保護作業衣」を着用し、作業後のクリーンシャワー、廃棄石綿の隔離保管なども厳格にしなくてはいけません。


<石綿による健康障害>

 空気中に飛散した石綿は極めて細く微小なため気がつかないうちに吸い込んでしまうことがあります。一部は痰に混ざって異物として喀出されますが、中には肺の中に長く貯留する場合もあります。

 高濃度に吸い込めば肺胞に石綿繊維が沈着し、ガス交換が損なわれる「石綿肺」をきたします。自覚症状としては、労作時の息切れ・乾性咳を認め、肺の膨らみが阻害されることにより肺活量と肺換気量が低下します。

 高濃度であるほど障害の進行が早く、通常の「じん肺」に比べても肺機能の障害速度も速いのです。比較的高濃度に吸い込めば、「肺がん」を発生させる危険も増します。通常は暴露開始から20年から40年で発生します。

 禁煙者の肺がんの危険性を1とすると、石綿暴露者は5倍、喫煙者は10倍、石綿暴露+喫煙者なら50倍まで危険性が高まると報告されています。


 肺ガンは日本人男性では最も多いガンですが、患者さんの喀痰や肺組織から石綿小体や石綿繊維が認められれば、石綿扱い業務起因性の肺ガンと認定されます。予後は不良です。

 また低暴露でも30年から50年の潜伏期間を経て、肺を覆っている胸膜や胃腸を覆っている腹膜から悪性の「中皮腫」が発生することもあります。「中皮腫」の場合は、喫煙との関連は認められていません。

 「中皮腫」は治療は困難で、発生しての2年生存率は30%で、1年以内に亡くなるケースも多いのです。暴露量や暴露期間とは関係なく発病します。


 石綿暴露の証明となる所見として、「胸膜肥厚斑:プラーク」があります。これ自体では肺機能の障害は伴いませんが、この所見の後に「肺がん」や「中皮腫」を発生させれば石綿との因果関係が明白になります。

 「胸膜肥厚斑:プラーク」が発見された場合は、高リスク者として必ずCT検査を施行します。

 「肺ガン」「中皮腫」の発病がなくても、将来の発症に備えて検診を頻回にして禁煙指導を行います。また比較的高濃度の石綿を吸入することで胸膜の肥厚をきたし、何度も胸水の貯留を繰り返し肺機能の障害にまで及ぶ人もいます。


 日本の場合は、石綿の輸入使用量のピークが1970年から1990年にありますので、潜伏期間を考えると、これからの20-30年間のうちに「肺ガン」「中皮腫」の発病率が高まると予測されます。

 老朽化した石綿使用構造物の解体による暴露を防止しなければ、さらに未来に向けて新たな課題を残しそうです。


<石綿の労災補償制度と検診>

 石綿の取り扱い作業歴が明らかで、両肺に不整形陰影あるいは胸膜プラークがある場合は離職後でも各都道府県の労働局に申請し健康管理手帳の交付を受ければ、毎年2回の無料検診が受けられれます。石綿との関連で「石綿肺」「肺ガン」「中皮腫」に罹患し、療養・休業・死亡の場合は労災補償の対象になります。

 最寄の労働基準監督署にご相談ください。この2-3年で「肺ガン」「中皮腫」による申請件数が急に増えています。


 「石綿肺」は通常は胸部レントゲン写真で下肺領域のすりガラス様陰影で容易に発見できます。

 「肺ガン」「中皮腫」の場合は、胸部レントゲン写真での早期の診断は極めて困難です。HelicalCT検査や血液での腫瘍マーカー検査での早期発見が模索されていますが、早期発見で早期治療が功を奏した症例は極めてまれです。

 抗ガン剤や放射線治療も無効で、腫瘍の拡大をなるべく避けるために、姑息的な切除手術をしますが、根治は難しいところです。

 ですから検診で早期胃ガンが発見され早期治療で完治するというような類似のイメージとは異なります。石綿の検診は、有所見がない事を確認する「安心のための」検査だと理解していただきたいと思います。


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