地域人コラム



 KAI.VOL.2 むらおこし逸話

 [執筆者]
 甲斐真后
 [紹 介]
 宮崎県椎葉村役場勤務。
 ひえつき節や平家の里として有名な宮崎県の椎葉村で、いろいろな地域おこしの活動をされており、神楽をはじめとした民俗芸能の研究家でもあります。



 NO.1 「俺は、旅館の番頭じゃない。」 96.12.31

 平家伝説と自然に恵まれた椎葉村には、その地理的条件や交通アクセスが不便であるにもかかわらずその秘境ゆえに僅かではあるが古くから訪れる旅人が後を絶たなかった。
 時代の流れの中で道路が貫け、交通条件が良くなるに連れ何時しか家族連れの旅人も増えてくるようになった。

 数軒の木賃宿のような旅館が細々と旅人をもてなしていたが、戦後の経済復興のエネルギー確保として水力発電所やダムが建設されることになり、静かな秘境の村がその姿を変えることになり、旅館もその姿を変えた。
 このダム工事は、ある一面で椎葉の魅力を全国に広げる役割を果たした。今では珍しくもないが、民謡「ひえつき節」は、この時の労働者によって全国に広められたと云う。
 さらに、多くの著名人がお忍びで訪れ、それぞれの立場から椎葉のメッセンジャーとしての役割を果たしていただいたお陰もあり、最近では観光産業が成り立つようになりつつある。

 このようにして積み上げられてきた現在考えられる観光資源としては、次のようなものがあげられる。

1. 平家伝説
2. 平家伝説に伴う「鶴富姫物語」
3. その舞台となった国指定重要文化財「鶴富屋敷」
4. 巨木(国指定天然記念物「八村杉」「大久保のヒノキ」、県指定天然記念物「松尾の大イチョウ」)
5. 紅 葉
6. 渓 谷
7. 民 俗
8. 焼畑農耕
9. 民 謡(「ひえつき節」を始めとする椎葉民謡の数々)
10. 民俗芸能(国指定重要無形文化財「椎葉神楽」を始めとする臼太鼓踊り・山法師踊り)
11. 森林資源
12. 秘 境  などなど

 このような中で数年前、民俗学のシンポジウムを地元で開くことになり、数百人の宿泊客が入り込むことになった時のことである。

 宿泊手配の掛かりに配属されたわたしは、限られた民宿や旅館にどのようにして数百人の宿泊客を割り振るか頭を悩ますこととなった。お客の希望通りに割り振れば旅館の数からして全員収容は物理的に不可能となるが、男女区分や団体区分に配慮してやっとの思いで割振表を作成し旅館関係者と協議することになった。

 その部屋の状況に合わせて部屋当たり2人から6人の収容で対応したが、中には広い部屋に少ない人数が配置される状況も生じたが、数百人を対象に対応したのだ。しかしながら旅館関係者の一部から「家の部屋は6人定員なのに4人だ。」とか「1部屋に2人ならいらない。」とかブーイングの嵐が起きたのである。

 流石のわたしも感情を抑えきれなくなってしまい大声で「俺は、旅館の番頭じゃない。」とつい一喝してしまった。しまったと思ったのだが、なぜか皆がうなずいているではないか。こそこそとしたささやきが広がり、旅館組合長がついに「その通りです。本来ならば自分たちで整理すべきことです。この通りでけっこうです。」とおっしゃるではないか。

 この一件以来旅館組合長は、自ら宿泊割り振りを行うようになった。自分達のやるべき姿勢に気づいたのです。一歩前進でした。本音は、貴重です。

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 NO.2 「このお茶は不味いっ。隣村のを買えっ。」 97.2.1

 不本意だが少し職場の先輩の悪口をお許し願いたい。この話しを紹介するには避けて通れない実状をお察しいただき悪しからずご容赦のほどをと・・・。
 勇退されて数年も経過していることだし、ねっ、先輩。ごめんなさい。

 彼は、30年ほども前に村役場の職員となったベテラン地方行政マンであり、管理職の中でも生え抜きであった。その部下として働かせていただくことに恵まれたわたしは、幸せ者だったと今でも深く感謝している。

 庁内で休憩時に頂くお茶は、担当職員がその年の年間消費量を見込んで調達していた。何処から調達していたかは知らなかったが、ある日の午後のこと。人事異動で着任したばかりの課長が、お茶を口にした途端「うっ不味い。このお茶は何処のだっ。」と突然叫んだ。周囲の者は口々に「知りません。」すると「自分達の飲んでいるお茶の素性も知らんのかっ。これじゃ特産品などできんはずだっ。」とはき捨てるように怒鳴った。一瞬、みんなが驚いたように一斉に課長の顔を見たが、「何言ってんだ。」とばかりに興味を示さなかった。比較的に暇だったわたしは、課長発言の意味を考えた。変な気分だったが、一応理屈は通っている。なるほどと思えなくもないかなと考えていた。

 早速、お茶の素性を調べた。すると何と一応、地元の特産品とされている一品ではないか。黙っていればいいものを誰かがそのことを課長に告げたのか、翌朝、課長がおっしゃるではないか。「煎れ方が悪いのかも知れんな。お茶は水にもよるからな。温度も大切だ。製造過程が悪いのかも知れんな。それにしてもこのお茶は不味いっ。隣村のを買えっ。」

 そう関心も無さそうに課員は、職務に励んでいたが、わたしは、どうも気になって仕事にならず、ニヤニヤしていたら、「何だっ。何か言いたいのか。」と課長。「はい。課長、詳しいんですね。お茶に。」と言うと。隣の補佐が、「あれっ。あんた知らんかったな。課長は、茶の専門指導員でこの村に来たっちゃが。詳しいとよ。」道理でお茶ぐらいで大騒ぎする訳だと納得しかけたのだが、何か引っ掛かるものがある。どうもしっくりいかない。変な顔をしていると課長が、「何か。」という。「いえ。それで詳しいんですかぁ〜。」といって納めることにした。皮肉りたいのをじっと我慢してのことである。

 ここで、大切なことは、何も課長が悪いということではない。『むらおこし』や特産品開発といった仕事を村の主要な事業とするのなら、この中にその方法論としてのヒントが隠されているのではないかということである。
 第一にその姿勢である。どんなに立派な構想や計画を立ててもそれを動かす人がそのことに対する自覚がないと結果は期待できない。確かにお茶の味さえ分からずにお茶を特産品だとしていて平気な感覚は頂けない。あの時の課員は、みんなその自覚を持ち合わせていなかったといっていい。反省すべきだ。
 次にお茶の専門指導員としての自覚である。特産品とされた過程に彼は関わっていなかったのだろうか。隣村のお茶が美味しいということを知っているのになぜ自分の村のお茶を美味しくしなかったのだろうか。おそらくこの特産品は、観光サイドから生まれてきたのだろう。その時に専門指導員としての彼の意見など聞かないまま開発されてしまったのだろう。田舎の縦割り行政の弊害がそのまま出てしまったのか。
 こう考えると、彼は、たかがお茶一杯のことから村に貴重な何かを提言したことになる。

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 NO.3 武士の商法 97.3.1

 使い古された感もする「武士の商法」。これが地方のむらおこしの実態なのではないか。今、まさに行革、行革と大騒ぎしている。これは、行政が経営に疎いことの証に他ならない。行政の親方日の丸の経営手法が破錠しつつある結果と云えないか。
 これは、何も中央の行政機関に限ったことではない。経営名人の地方自治体など全国に数えるほどだ。だから特別な補助金や交付金を目当てに様々な特殊事業を導入しようとして地域住民とトラブルが生じる。
 本来、地方公務員は、その地域全体の奉仕者であり公僕でなければならないのだが、実態に程遠いのが現実だ。それも質のいいのは、まだ救われるが、そうでなくなったら最悪だ。こんなことを言うと職場に居られなくなりそうだが、みんなも思っているのに言わないのだからまあ許されるか。

 数年前、宮崎市内のイベントホールで食のカーニバルがあり、むらおこしの一貫として特産品販売があった。村からむらおこしグループと特産品販売業者A社、B社の2社が参加した。むらおこしグループの売り子として村の担当職員が数名派遣された。
 それぞれ3つのコーナーに別れ販売が始まった。しばらくすると村派遣の職員Sが、驚いたように「A社のソバは、素材が7割しか使われていないのに100パーセント使用のうちのソバと値段が同じじゃが、あれはいかんわ。」とつぶやいた。「何でね。」と問い返すと「混ざりもののソバがうちと同じじゃお客さんに悪いわね。」「そうか。でも向こうのは、よく売れているようですよ。」「スープ付けて売っちょるからじゃわね。」「そうね。買う方にすればそのほうがいいからでしょう。」とそんな会話が続いたのだった。
 もう皆さんにはおわかりでしょうが、ここで大切なことは何なのでしょうか。

 1. 商品の原価計算がなされているか。
 2. 顧客ニーズをつかんでいるか。

 村からの派遣職員が売り子の場合、その売り子に要する経費が商品に反映されているかが重要だ。このケースの場合は、売り子派遣の経費は、行政持ち。次に出店に要する権利代や小間代はというとこれも同じ。業者2社は、自前。こうして見ると素材が7割のソバでも安いくらいだ。業者は、人件費や必要経費を商品販売で稼がなければならないが、一方、むらおこしグループにはその必要がない。このようなことでは、グループの育成やむらおこしがやれるはずがない。到底無理だ。

 お客さんの心をつかむことも大切だ。ソバは好きなのだが、スープをつくるのは面倒くさいなと思えば買う気持ちに迷いが出る。そこにスープ付きの商品があれば、買いたくなるのが人情だ。うまく顧客のニーズをつかむ。その仕掛けが大切だ。
 どんなに立派な素材を使って素晴らしい商品をつくっても、その商品が素晴らしいと買う人に感じてもらえなければ、それは売れない商品でしかない。また、素晴らしい商品だと思わせても買う気にさせなければ、売れるはずがない。つくるより売るのが難しい。

 経営は言うに及ばず、商売などズブの素人が商品を扱おうとするから混乱が起きる。せめて経営や商売の端 々でもかじる努力が必要だ。所詮武士の商法では、世間に歯がたたない。真剣にむらおこしをやろうとするのなら少なくとも特産品を生産する者自身が自ら売り子となって諸々の問題解決に取り組むことが必要だ。
 もうすでに時は、流通システムの変革を迎えている。
(椎葉村の役場のホームページを見る
(椎葉村松尾氏のホームページを見る

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