好奇心コラム

NO. 1〜 8
NO. 9〜15
NO.16〜26
NO.27〜45
NO.46〜56
NO.57〜65
NO.66〜76
NO.85〜87
NO.88〜92
NO.93〜98
NO.99〜106
NO.107〜


 MIZ.VOL.3 日本再生のシナリオ PART1(NO.77からNO.84まで)
 [執筆者]
 水町祐之

 [紹 介]
 第三インテリジェンス代表。
 1952年、福岡県生まれ。日本大学大学院博士前期課程(管理工学専攻)修了後、一貫して経営コンサルタント業務に従事。執筆活動では[転換が迫られる日本型人事・教育システム(人材教育‥日本能率協会マネジメントセンター発行月刊誌、1998年11月号より)]。


●サブテーマ
財政投融資と経済的投資 / 日本列島災害化論 / 賃金政策と少子化対策 / 議員は余計なことをするな / 平均賃金の切り下げ / 資本主義は株が中心 / 税制改革の本質 / 豊かな生活のために


 NO.77 財政投融資と経済的投資--2001.7.2

 日本人は国がやることを過信していると思います。異常なほど郵便貯金にお金が集まるのもその現れです。財政投融資や特殊法人の実態が表面化してきたので多少は危機感が感じられますが、少なくとも経済的な面で国のやることに過信は禁物です。

 かと言って、民間金融機関も過信してはいけません。民間は民間金融機関として株主の利益を守ることが義務ですから、一定レベルを超えて過信するのは慎みたいところです。

 筆者は韓国で数年間生活しましたが、韓国では、子供の誕生お祝いに親戚や友人が金(24金)の指輪を贈ったり、大人の祝い事には宝石類などを贈ります。国情の違いもありますが、最終的には国(つまりお金)を信用していないからだと思います。経済危機ではそれらを拠出させて外貨に替えて急場をしのいだらしいのですが、グローバル金融の時代では日本人もそれくらいの心構えが必要だと思います。

 財政投融資にしても、日本が発展途上国のうちは高速道路や鉄道建設などが何にも増して社会的ニーズの高い投資分野だったので、安全第一の郵便貯金をそれらに投資運用しても失敗がなかったろうから、スタート当初は間違いではなかったと思います。

 しかし、これからは何に投資したら安全か誰にもわかりません。それなら郵便貯金のように安全第一のお金は運用しないのが一番です。郵便局は便利には違いないから、極端な話、金利無しの貸金庫的な機能や、利便性を国民に提供する代金決済などの機能に徹すればいいのかなとも思います。

 もし国づくりに不可欠な投資があれば、郵便貯金のような返すべき類のお金ではなく、返す必要のない税金でやらなければなりません。税金の投入なら、国づくりとしてやるのだから儲かる云々とは別次元の話です。そして、その投資が本当に必要かどうかは国会で議論すれば良いことです。


 考えてみれば、純粋な民間企業の投資なら採算がポイントだから、どんな需要があるかは何よりも大切です。大儲けできるか少しか儲からないか(つまり、投資回収に何年かかるか)の違いはあっても、料金をどの位に工夫すれば元がとれそうかの見込みがないと投資が起こりません。

 一方、国(自治体、第三セクターでも基本的には同じ)が行う投資は、表面的には採算性云々と能書きを言ってもそれはタテマエで、採算性とは別な意図からの投資です。このところ立て続けに表面化した第三セクターの大型テーマパーク破綻も同じパターンです。需要があって儲かるかどうかではなく、「それを核として、できれば地域を振興したい」との意図で行われます。需要ではなく期待を込めてということです。

 それなのに採算が採れるとするのが間違いの元です。半端に採算を取り繕ろおうとするから、集客の魅力づくりと称していたずらに過大な投資に膨れ上がり、需要とはかけ離れたお金持ちしか利用できない法外な料金設定になり結果として誰も利用しません。

 筆者の家の近隣にも「シーガイヤ」や「ハウステンボス」などがありますが、目の玉が飛び出る料金なので行ったことがありません。行ったことのある知人などに聞いても、二度も行く気にならないと言う人がほとんどです。

 最近、地方の新空港の需要予測が甘いと話題になりましたが、何としても造る前提だから調査策定時の需要予測は資金を引き出すための体裁にすぎません。調査を担当するコンサル企業は、まず厳密な需要予測を行なうのではなく、投資を回収できると説得するために無理に理屈を探して需要予測をつけます。筆者もこの業界人の端くれですが、筆者の印象では、天下り系や広告代理店系のコンサルではその程度は朝飯前です。

 公的な投資では、自分のお金ではないという安易な心理があるからだと思います。如何ともし難い部分です。だから、国は、採算が求められる分野にはじめから首を突っ込まないで、採算を無視しても良い分野だけに投資対象を限定すべきです。そしてそのための投資資金は、返してもらう必要のないお金(税金など)で行わなければなりません。



 NO.78 日本列島災害化論--2001.7.5

 行政には「路網密度(面積に対する道路の割合)」という指標があります。路網密度をあげることに山間部の市町村は躍起になります。路網密度は便利度を示す指標の一つに違いないから、地域行政が少しでもそれを高めたい気持ちもわからないではありません。

 その結果、山間部にどんどん林道ができます。ところがこの林道というのが厄介で、林道を造ると必ずと言っていいほどに災害が起きます。自然の水の流れが変わるからです。雨が降ったら林道は川に変わります。

 自然の水の力は恐ろしいもので、本来の水の道に逆らって山道を舗装整備すると、行き場を失った雨水は舗装の下を流れるようになります。工事業者も予想できる範囲で排水のことも考えて道を造るのでしょうが、自然はそんなことはお構いなしです。少しずつ時間をかけて舗装の下に自分でトンネルを掘っていきます。そして、適当な場所を見つけてそこから排水します。

 山道で舗装が浮いたように波打っている箇所はだいたいこのパターンです。いずれ舗装の改修が必要です。それだけで済めば良い方で、そこから崖崩れの心配もしなければなりません。

 自然のままの山ならそうでもありませんが、戦後の林業は脇目もふらずに杉や檜の植林に励んで自然林を凄まじい勢いで減らしてきたので、山が本来持っていた保水機能が著しく低下しています。少しの雨で水は一気に流れ出し、さらに林道で人工的に流れを変えるので水が凶器に早変わりです。

 そして、土砂崩れや崖崩れが頻発します。それでは、ダム(水のダムも砂防ダムも)でも造らねばと言いたくもなります。

 ところがよく考えると、林道で崖崩れが起きやすくなることを知りながらそれを造って土建業を儲けさせ、崖崩れを修復することで土建業を儲けさせ、やれダムが必要だとしてまたも土建業を儲けさせ、その繰り返しが山間部の道路建設行政とも言えます。何とムダなことでしょうか。

 どうしても山の手入れに必要なら、舗装無しの四駆軽トラック用の小道で充分だとも感じます。それなら多少なりとも災害を防げます。ただし、工事業者は儲かりません。

 もう日本も、「日本列島改造論」から転じた「日本列島災害化論」を見つめ直すことが必要だと思います。



 NO.79 賃金政策と少子化対策--2001.7.6

 総務省のホームページで公務員の賃金がどのくらいかを調べてみました。「全地方公共団体の全職種の平均給与月額」は平成12年度で448,437円(41.8歳)となっています。全平均です。期末、勤勉、寒冷地手当及び災害派遣手当、ボーナスは含みません。

 国家公務員については金額ベースの数値が見あたらなかったのですが心配ご無用。公務員の賃金は「ラスパイレス指数」という統計で比較できます。国家公務員の給与を100とした場合の地方公務員の給与水準を示したものです。

 ラスパイレス指数で見ると、概ね大都市部の地方公務員は国家公務員より2-4%高く、田舎はその逆です。昭和50年頃は地方公務員は平均で10%くらい高い水準にありましたが、現在では地方公務員と国家公務員の平均はほぼ同じです。

 おおざっぱに、全公務員の平均年収は750-800万円くらいの感じです。もちろん手取りではありません。公務員の場合は能力重視云々とは言ってもまだ現実には年功給体系が基本だから、年齢層が上に行くほど賃金は高いはずです。

 勝手気ままな自由業を10年以上やって世間一般の賃金水準に疎くなりましたが、改めて調べてみて、想像していた以上に高い実態に驚きました。今や、日本の公務員は安月給でがんばっているとは言えないかも知れません。

 筆者から見れば殿様待遇の金融機関は別格としても、民間企業でも超一流企業の賃金レベルの感じです。国民大多数の中小零細企業従事者の実態より格段に恵まれている気がします。物価も下がる傾向だから、一律カットはともかく、今後数年間はベースアップではなくベースダウンしてもよさそうです。

 本気で危機感をもって構造改革をやる決意なら、韓国のように、真剣に公務員賃金の削減を考えてもいいと思います。それを原資に、国も自治体もそれなりの雇用関係の対策を行えば良い。


 その代わりにと言うのも脈絡がもうひとつではありますが、子供の学費を大学まで全部タダにするくらいの発想で社会のシステムを変えてもいいと感じます。「千の蔵より子は宝」と言いますが、日本の少子化の背景には、子供の教育費問題があるのだと思います。

 スウェーデンの友人に聞くと、スウェーデンでは本人が希望すれば大学まで学費がタダとのこと。また、「子供人権裁判」のような制度があり、親が親としての責任を果たさない時に子供が訴えれば、国が責任を持って保護して子供を大学まで面倒見てくれるらしい。国策として子供を大切にしているわけです。まさに「千の蔵より子は宝」を実践していると感じます。

 少子化対策は20年くらい先にならないとはっきりした効果が現れないかも知れませんが、未来づくりのために科学技術の振興云々と理屈をこねてみても、子供が見る見る減っていくような国に将来は期待できません。ともかく、子供が増えれば世の中に活気が出てきます。

 普通の親なら子育ては大変なりに喜びそのものですから、子育て自体への公的補助は必要ありません。それよりも教育費の心配をなくしてやるのが効果的だと思います。公務員をはじめサラリーマン諸氏の特徴は教育熱心という点ですから、将来の教育費用を考えて子づくりを躊躇する人々が多いと思います。

 子供の教育費の心配がなければ子供は増えます。そして子育て消費も喚起されます。教育のための準備としての預貯金が消費に回ることはあっても、子供が一人増えるくらいでは衣食住の家庭の生活レベルが落ちることはありません。

 子供の学費を無料化するためには新税を設けてもいいくらいです。子供がいない人に不公平云々はこの際どうでもいいと思います。国策として子供を大切にすることが、ほんとうの未来づくりです。

 その結果、手取り賃金が下がっても良い。都会生活の実態は良く知りませんが、田舎生活ではお金も必要ありません。自由に使えるお金が少し減っても、少し安い車になったり家族旅行で安い旅館に泊まるくらいのことで済んでしまいます。

 少子化対策には保育所の充実も必要ですが、それは安価な労働力を確保する類の政策で(子供にお金もかかるし贅沢もしたいだろうから、子供は預かってやるからあなたも働きない、という発想)、子供が宝であるという発想の将来を見据えた少子化対策とは言えません。



 NO.80 議員は余計なことをするな--2001.7.9

 「日本列島改造論」の田中角栄元首相も、当時の日本にぜひそれが必要だと考えて推進しただけで、たぶん、土建業自体を保護するつもりはなかったと思います。最初はそれなりにまともな発想だったわけです。

 ところが、一旦、特定の業界を保護したり直接にお金を投入したりして振興しはじめると、必ず、取り巻き議員や官僚が利権を嗅ぎつけて「マフィア」が形成されます。発展途上国のうちはそれも仕方がないかもしれませんが・・・。

 だから、政府(議員)は、君子を装って特定産業や業界を特別扱いしてはいけません。社会を欺くごまかしです。それが如何に崇高な理念でも、政府が特定業界に肩入れすると悪い結果を招きます。成熟社会では、社会に何が必要か「国民(生活者)」が決めます

 それを見越して、各企業が生き残りを賭けて必死で創意工夫をし技術開発や設備投資に励み、その結果として「ユニクロ」などのような頑張った企業が成長して国民生活を豊かにしてくれます。国民生活が豊かになることが大切です。

 成熟社会の政府の役割は余計な規制や関与を撤廃することにつきます。政府は個別業界の保護や振興に関わらないことが大切です。どうしても関わりたいなら、議員を辞めて企業を設立して一心不乱に頑張れば良い。

 政府は、側面から支援するスタンスで関与しなければなりません。税金を工夫することでそれが可能になります。税金は「公平性」よりも「メッセージ性」が重要です。日本の税制関係者はあまりに硬直化していると感じます。

 国民にしてほしいことの税金を軽く、してほしくないことの税金を重く、メリハリが必要です。たとえば子供を増やしたいなら、扶養家族の控除額を多くし、子育ての大きな負担となっている子供の教育費を控除すれば良いことです。さらに進めて、「教育エンジェル税制」のようなものも考えられます。

 たとえば起業を促進し株式市場を活性化したいなら、政府としての対策はそれらに関連する税金の負担を減らしてやることが必要なわけで、「銀行保有株式取得機構(仮称)」のような小賢しいことはどうでも良いのです。

 新しい税金を導入することも可能です。国としては預貯金がこれ以上増えても意味がないから、預貯金の利息に高い税率で「福祉税」のような税金をかけたり、大人だけが遊びで利用する施設や嗜好品に「教育税」をかけてもいいと思います。



 NO.81 平均賃金の切り下げ--2001.7.31

 日経新聞の夕刊(26日)に興味深い記事がありました。現在の為替レートでは、日本の製造業労働者の平均年収は世界一の水準だそうです。イギリスのある経済月刊誌が調査した結果です。

 それによると、主要先進国で、日本は651万円というズバ抜けたレベルの世界最高年収になるらしい。続いて大きく離されて、アメリカ、ドイツ、フランス、スウェーデン、オーストラリア、英国の順。また、日本の労働者の退職金平均は年収の120%で、イギリスの場合は21%程度という。

 一方、経営者の年収は、アメリカがズバ抜けており17,500万円、続いて、イギリス、オーストラリア、日本(6,800万円)の順になるらしい。

 この結果は、日本人の賃金が極端に平準化していることを物語っています。どう理屈をこねてみてもリスクにもほとんど無関係な労働者の賃金が高すぎましょう。これではどう逆立ちしても、中国はもちろん、他の主要先進国との競争に勝てるはずはない。

 このままでは、どんなに意欲的で技術力のある製造業でさえも外国に工場を造るしか生き残る手段を見いだせないでしょう。日本の虎の子のはずである製造業の空洞化は、いよいよ時間の問題になりそうです。

 また、本稿で先日(7月6日分)公務員の平均年収が750万円前後と指摘しましたが、これもすべてを引っくるめた全体平均としてのデータでした。日本の公務員は、世界一の製造業労働者の平均賃金のさらに2割り増しの水準という現状です。

 日本が今後も世界の尖端的製造業の国として生き残るには、二とおりの途しか選択の余地がありません。日本全体の平均賃金を徐々に切り下げるか、それとも円安にするかです。

 為替との関連で平均賃金を2割程度落とさなければ、日本人労働者は国際競争にほぼ絶対に勝てないでしょう。いくら労働者の質が高い云々と自慢してみても技能の差はわずかなものですから、報酬に何倍もの差が生じては競争にはなりません。

 為替は、貿易摩擦などの面もあるし長期的なスパンでは人為的に操作できる類のものではないから、残された方策は平均賃金の切り下げしかない。好むと好まざるに関わらず、企業は自身が生き残るためにそのような方向で調整に動きそうです。私たち国民にも今からその覚悟が必要だと思います。

 まあ、2割程度収入が減ったとしても、それでも500万円を超すレベルだから大した問題ではない。年収が減れば貯蓄する余裕が減りましょうが、それは税制や社会保障制度を工夫することで充分にカバーできそうに思います。

 そして、平均賃金を国際競争力を確保するレベルに下げることのもう一つ大切な視点は、それができれば個々の企業に雇用吸収力のゆとりが生まれ、極端で急激なリストラを避けることができそうだという点です。



 NO.82 資本主義は株が中心--2001.8.8

 先日発表された土地価格の公表データ(路線価)によると、土地はまだ全体として下がっています。土地は利用しなければ何の価値もないから利用して元がとれるレベルまで下がり続けましょう、まだそのレベルではないのなら仕方がありません。

 一部の商業地はそれなりに根強い需要がありましょうが、子供が減るどころか人口自体も減ることが確実な情勢の中で、住宅地の需要はこれから数十年は期待できないのだから土地の価値が下がるのは自然の成り行きです。

 そして、その価値の下がる土地を担保にした金貸業にあぐらをかいていた日本の銀行は、不良債権がこれからも増え続けることが避けられないので、人も店舗も賃金も半分にする決意がなければ立ち直ることはできないでしょう。

 銀行やゼネコンなどの旧態型企業(護送船団に守られることを当然と考える企業)も、さらには労働組合も、終戦後の時代背景ではなくグローバル競争の時代だとの認識がなければ日本に将来はありません。誰かに守ってもらうという発想を捨てることが大切です。

 要は、これからの少子高齢化経済下の日本では、土地や銀行を中心に経済を考えていてもほとんど無意味ということなのです。

 これからは、以前にも増して、株を中心に経済を考える必要があります。新しい産業を発展させるにはその産業を担う企業が必要です。その企業を起こしそれを成長させるにはそれなりの資金が不可欠です。つまり、良い会社の株はどんどん買ってもらえるようにすることが重要です。

 ここで大切なのは、全ての企業がうまくいくことはあり得ないという点です。そして、うまくいくとは限らないので企業設立や株の購入をためらわせてしまう社会では資本主義経済の発展は望めません。可能性を信じてリスクに挑戦できる社会のしくみにすることが必要なのです。

 日本に残された宝はこれまで国民が貯め込んだ1400兆円という巨額の個人金融資産だけです。早くしなければ、これさえも、最近の国債のジリジリとした下げ(長期金利の上昇)トレンドの中でバブルとして消し飛んでしまう可能性もあります。

 そうなる前に、日本に残された唯一の宝を活用するような税制改革で起死回生の経済再生をめざすしか日本が発展を持続する手段はありません。何とかして、「税調」の面々を現代のグローバルな経済のしくみを理解した発想ができる人たちに入れ替えてほしいものです。

 そして、思い切った優遇税制を断行するしかありません。一日も早く「株式投資や起業投資への優遇税制」を準備すべきです。グズグズして国債が急落してしまってからでは遅いと思うのですが。



 NO.83 税制改革の本質--2001.8.28

 やはり、予想したとおり、先日の日銀の金融緩和策は効き目がありませんでした。金融緩和したはずなのに、為替は円高になり株はむしろ下がった。

 もともとないに等しい金利は下げようがない。じたばたしても従来の発想では効果はありません。それなのに政府が自分の責任を棚に上げ、日銀にばかりに責任を押しつけるものだから逆に政府の無策を市場から見透かされてしまう

 むしろ日銀は、政府がやらないなら自分で不良債権処理を強行すればいい。今の状況での金融緩和策は新規投資には何の役にも立たない。自分で呼吸することが出来ない脳死状態の企業に無理矢理に酸素(お金)を送る人工呼吸器の役割しか果たしていないのです。

 酸素にも人工呼吸器にも限りがある。ここまできたら金利を思い切って上げたらどうか。金利を上げ、脳死企業(一部の金融機関やゼネコン企業や流通企業など)を無理に生かすのを諦め「安楽死」させるのが真の国民への思いやりかも知れません。

 企業の命は人命と違うから、助からないなら安楽死は大切な選択肢です。ズルズル引き延ばしたら看病する側が疲弊してしまい、気を取り直して再出発することが出来ません。不自然な経済の姿を一度スッキリさせる必要があります。

 政府が責任を果たすには金利政策ではなく税制改革です。なぜその程度のことがわからないのだろう。「税調」のしくみを知らないが、税制関係にも「利権」というのがあるのだろうか。「税調」は何を考えているのかさっぱり理解できない。

 大事なときにのほほんと能書きばかりで何もしない無責任な「税調」のメンバーを入れ替えて欲しいものです。「税調」には名誉職ではなく実際に働いてもらわなければなりません。今の「税調」では日本が沈没してしまいます。

 税制を変え、例えば、国民中核層が安心して蓄えを消費に回せるように「子育や教育の優遇税制(又は減税)」にしたり、銀行が機能していない現状を打開するために「株式投資や起業投資への優遇税制」などが急がれます。


 また、それがどんな分野であれ、公のお金を使って国が特定業界を助けるために金銭的補助行為を行うのは慎むべきだと思います。

 田中角栄元総理でさえ始めから利権という発想ではなく、たぶん、当時の国の発展段階として是が非でも土建業を振興して国の産業基盤づくりを急ぐことが不可欠と考えたのだと思います。それがいつの間にか利権になって政官民に取り巻きマフィアが形成され、にっちもさっちもいかなくなると言うのが現実の社会です。労働組合活動も何となく似た側面があります。

 国の役割は、誰かが何かをやりたいと考えたときに、誰でも自由にやれるように「規制を廃止」することにつきます。国が直接的に補助金的な援助をすべきではありません。必ず利権に発展しそして利権調整役の特殊法人云々・・・。

 そんなことをしないで、資金的な方面のことは税制で考慮すべきです。どうなるかわからないけれども長期的に資金投入が必要な分野とか公益的な視点も重要な分野などには、「補助金ではなく優遇税制」を準備すればいいのです。

 そうすればリスクがあっても挑戦したいと考えたり、何に使われるかわからない税金で払うよりは目的のはっきりした活動に貢献したいという発想で資金を提供するお金持ちや、お金はないけれども労力で良ければ提供したいと考える人々は大勢います。発展途上国から卒業して生活が一応のレベルに達した社会では、名誉や自己実現を求めるのが大方の人間の性でしょう。

 補助金的政策ではなくリスクに挑戦したり社会貢献する人々を叱咤激励する税制的しくみが不可欠です。(税金として)国がお金の使い方を決めるより、可能な限り生活者である国民自身にお金の使い方を任せるのが賢明です。そうすれば利権の元にはなりません。

 未だに、株式投資や起業投資に対する優遇税制の本質を一部の「株嫌いの人々」が誤解して受け取っているようです。昨日(26日)のテレビのニュースショーで「税制改革をしても株価は上がらないだろう」とさかんに強調している評論家氏がいました。

 株式投資や起業投資に関する税制改革は株価を上げることが「直接の目的」ではありません。成熟社会では、銀行だけでは金融機能を果たせないから「直接金融」を活性化させるというのが大切な視点です。国の経済や金融のあり方を変えるという決意を示すためのメッセージとして重要なのです。

 特に、日本の金融機関は「土地を担保」に融資する発想だけで個々の事業将来性を正しく評価するノウハウがないから、なおさらにそれが大切になります。日銀がお金を十二分に供給しても銀行は金融機能を発揮できないのです。

 先進国ではほとんどの国がそのような税制を行っています。ある程度の国民生活レベルになったらそれが自然の成り行きというくらいに理解するべきだと思います。

 そして、目的ではありませんが、結果として株式市場に資金が集まり成長見込み企業の株価が上がることになります。特に外国人投資家は、業績見込みもさることながら政策スタンスの変化に敏感だから良い会社の株価は必ず上がると思います。

 日本の株式市場は、持ち株比率などから見ても、これまでの経験則から見ても、外国人投資家の動きに大きく左右されます。ともかく、大切なのは、成長予備軍企業をできるだけ数多く育てるという発想です。



 NO.84 豊かな生活のために--2001.9.11

 エコノミスト達はGDPが思わしくないと待ってましたとばかりに「真水で2兆、5兆、10兆」と数字合わせ財政出動を云々します。おかげで筆者などは、経済学など勉強したこともないのに、この数年で、今度は何兆円位かなと予想できるようになりました。

 しかしGDPは経済活動の結果を単に量的に総合した指標。経済活動はGDPのつじつま合わせが目標ではありません。経済活動の目標は「国民の生活を豊かにすること」だと思います。生活が豊かにならないならGDPなどはどうでも良いのです。

 「豊かな生活」とはどんなものか頭の中でシミュレーションすることをお薦めしたいと思います。豊かな生活のイメージ。

 まず、自分がやりがいを感じられる仕事があること。

 収入の5-10%程度は万一のケガなどに備えるのが(保険や積み立て)が堅実だろうが、必要不可欠な出費としては、公的年金や保険、家賃、普段の食事や日用品類ぐらいでしょう。

 あとの出費は趣味的(豊かさ)部分です。筆者なら、酒もゴルフも関心がないから家族と一緒に楽しむこと。まず年に2-3回のキャンプ旅行、だから車は家族4人が乗れる小型ミニバン、ゆとりがあればここを質量ともに充実させます。生活圏は地方の小都市が良い、家は広い方が良いがそれもゆとり次第です。

 筆者が想定する「豊かな生活」は、(健康な家族という条件つきで)おそらく年間世帯収入500万円でおつりがきます。現実には日本の平均的世帯収入はこれ以上、それにしてはみんな苦しいと言う。よほど贅沢なのかどうか、不思議。

 それは、このイメージに、あえて、子供の塾費用や高校や大学などの教育出費(又は積立て)、マイホーム貯蓄、あるいは老後に備えた貯蓄などの出費分を入れていないからです。なぜならば、それらは、生活の豊かさには本来は関係ない部分だからです。

 豊かな生活に貢献しなくても、日本では国の制度が不備だから個人でそれに備え、そしてその貯蓄はこともあろうにマフィアがドブに捨てている。歯車が完全に狂っています。成熟国にふさわしい「税制や社会制度」が必要です。


 熾烈な国際競争で危機感を高めているハイテク企業などでは大胆なリストラ計画の発表が増えています。リストラは、特に中高年層に大きな打撃となりますが、多くの企業はリストラで新しい活力が生まれるから必要なことです。

 「年功序列と終身雇用」は、右肩上がりで高成長が続く経済環境では忠誠心を向上させたりスパンの長い技術開発などの面で効果があると思いますが、これからの環境では維持しようにも維持できません。資本主義では、会社が潰れては元も子もない。

 私たち日本人が長年慣れ親しんだ「年功序列と終身雇用」の人事施策から見たら、リストラは死刑宣告にも似たニュアンスがあります。そもそも「年功序列と終身雇用」は、「若いうちは安月給でも言われるままに働け、そうすれば50歳になれば高給を貰え、退職金もたんまり」という、「報酬後払い約束手形」の施策です。右肩上がりの経済環境ならこの約束手形が落とせます。

 今の時代にいくらそれを謳っても信用する人はいないと思います。不渡り確実な約束手形であることは誰の目にも明らかです。特に若者の目にはそう映りましょう。

 ところが、40代ぐらいから上の世代はこの約束手形を盲目的に信じてきました。諦めきれないで「ダマされた」と思う気持ちも理解できます。政府にも大きな責任があると思います。国の経済の成熟度に合わせて「労働力の流動化や市場化」を促進する制度(401Kやその他)を怠りました。

 リストラが死刑宣告ではないという政策を連発することが重要です。そして「ダマされた」と感じがちな40-50代の人々の意欲を喚起しなければ、社会の中核層を落ち込まさせてはいけません。この世代はリストラという「不渡り手形」だけでなく、バブル時の金融政策失敗のあおりで「最後のババ」も引かされました(過大な家のローン負担)。

 大企業には「債権放棄」があるもののそれは望むべくもないから諦めても、この世代の最大の関心事は子どもの教育、「子どもだけは」というのが親。そして、これは税制や無料化などで対応できるはずです。それは少子化対策にもなります。命と引き替え(最近中高年の自殺が多い)に子どものための資金を確保させるというのでは寂しすぎましょう。


 ベンチャーキャピタルに資金を提供してくれる人々は「エンジェル」、アメリカではエンジェルには税制面で大きな優遇措置があります。

 生活を豊かにしてくれる事業アイデアを持った人がいたとしても、事業化には資金がいる。事業を始めても、実際はアイデア倒れで成功しないことも多い。それでも、やってみなければ社会に活力は出ない。少なくとも、社会の中に意識的に「やってみなはれ(松下幸之助氏の得意なことばだったらしい)」という風土を醸成しないことには、資本主義など成り立たない。

 国がリスクのあることに直接に手を出すことは慎むべきですが、個人がリスクに挑戦してくれるならせめて国は税制で優遇する。資本主義を発展させる原動力は、起業を促進することでしか不可能なことをアメリカは良く知っています。

 同じことが教育でも必要な気がします。子どもは国の将来を担う宝。

 「子ども教育基金」のようなものを創ったらどうだろう。この基金に寄付したら、法人税や所得税・相続税などを免除して教育エンジェルの特典を付与する。英才教育の奨学金ではない。子どもは宝、だから勉強したい子どもなら誰でも教育費は社会で面倒見るというスタンスが良いと思います。

 国民からできるだけ多く税金を取りその使い方を国が決める発想よりも、国民が大切だと考えていることに直接資金を提供してもらい、その分は税制で優遇するという発想が成熟社会の基本だと感じます。そうすれば利権もなくなるし、気持ちが落ち込みがちな中高年層の支援にもなり消費も喚起されると思います。

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